新しいパパができました・20
母方の祖母と3年間ここで一緒に暮らしたわけではなく、当時詩鶴はここから少し離れたおばあさんの家に厄介になったらしい。
「上がってください。掃除だけはお願いしてあるから。」
人気のない家というのは、なぜこうもよそよそしいのだろう。
ひやりと、硬質な空気が全身を包むような気がした。
よそ者には、空気すらとげとげしい気がする無人の家。
「そういえば、詩鶴の母ちゃんの墓は?さっきのところに眠っているのは、おばあさんだけなんだろ。」
う・・・んと、詩鶴は口ごもり、それ以上は聞いてはいけないと俺の中で何かが俺に命令した。
止めたのは、俺の理性ってやつ・・・?
確かに、人には踏み込んではいけない領域が、存在すると思う。
でも、抱えているだけで涙が溢れそうになるくらいなら、ぶちまけてしまえ、詩鶴。
俺は、空気を読まずに、半ば強引に話を聞いた。
「俺、もう大抵のことは驚かないぞ。詩鶴の母ちゃんの墓は遠くにあるのか?」
「ううん。母のお墓はないんだ。」
「え・・・ないって。おばあさんより先に亡くなったんだろ?納骨しないのか?」
「ん・・・伯父さんが、母が亡くなったのを認めてくれなかったから・・・。きっと、どこかで伯父さんの中の母は、時間を止めて存在してるんだと思う。伯父さんが好きだった頃のまま、生きてるんだよ。だから、よく似たぼくのことをいつも「詩津」って呼ぶ・・・不毛だね。」
「父は伯父さんが気の毒で、納骨を先延ばしにしたんだ。そして父が具合が悪くなったとき、気が付くとお骨が仏間から消えたんだ。・・・だから、母のお墓はないんだよ。」
慣れた手つきでお茶を注いだ詩鶴は、そっと茶卓に優雅に湯飲みを乗せた。
「伯父さんは今でも母のことを思い切れないし、だから余計に・・・天音さんはぼくを憎むんだ。母の遺骨も天音さんが・・・たぶん、どこかに・・もう、捨ててしまったかもしれない・・・お母さ・・ん・・・」
詩鶴がかりと爪を噛み、消え入りそうな声でつぶやいた。
いくらあいつが冷たいやつでも、お骨を捨ててしまうようなことはしないだろう。
・・・と、きっぱり言い切るには、天音ってやつのこと何も知らないけど。
言っておくけど、泣かせるつもりなんてこれっぽっちも無かった。
俺をにらみつける母ちゃんに、小声で言いわけして俺は縁側から、素人目にも驚くほど手入れされた端正な庭を眺めた。
盆地のせいか、この土地の紅葉は発色が良いような気がする。
澄んだ空気を深呼吸しながら、だだっ広い家でいつから詩鶴は一人だったのだろう。
涙を拭いた詩鶴が、大きなアルバムを抱えてやってきた。
「亜由美さん。これ、ぼくの子供の頃の写真です。前に見せてっておっしゃってたから。」
「あら。覚えていてくれたの?」
「はい。創作の役に立てば嬉しいのですが。でも、ほら。これなんか、ただのはなたれ小僧ですよ。」
にこにこと笑って、詩鶴は頬を染めた。
正直言うと、この綺麗な天使みたいな子供がはなたれ小僧なら、俺なんてせいぜい泣いた赤鬼程度だ。
何か、えこひいきな神さまが、詩鶴には気合を入れたとしか思えなかった。」
「亜由美さんのお願い事なら、ぼくは何だって聞きます。」
「もう~~、丸ごと可愛いなぁ、詩鶴くんはっ!」
アルバムを顔を寄せて覗き込む二人は、まるで普通の親子に見えた。
アルバムの中に居る、生まれたばかりの詩鶴を抱いて、笑顔を見せる詩津さんという女性は死期が近づいていたせいか線が細くて、男だったら誰でも守ってあげたいと思うような儚い印象だった。
でも、この人は何も出来ないお人形ではなく、好きな男をきちんと選び、やがて愛する人にかけがえの無い分身(詩鶴)を預けて他界した。
ほとんど記憶はないんですと、詩鶴はどこか寂しそうだった。
「今、あたしが作っている遮那王の母親、常盤御前はね、子供を守るために平清盛の愛人になったのよ。知ってる?」
「ええ、少しは。その後、家臣に下げ渡されて今度は女の子を産んだんです。弱く見えるけど、強い。結局は子供を守ったってことですよね。」
母ちゃんは詩鶴を抱きしめて、くしゃくしゃと髪を混ぜた。
「詩鶴くんのお母さんも、あたしもみんな思うことは一緒だよ。母親はね、ほらあの馬鹿でも命がけで愛しちゃってるからね。」
「はい。」
馬鹿はないぞ、母ちゃん。
でも、確かに愛された自覚はあるな、うん。
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