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おとうと 

降りしきる満開の桜の下、たたずむその人を花の精だと思った。

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当時小学生の最終学年だった澤田天音は、叔父と結婚したその人を初めて見たとき、あまりの儚さに驚いた。
細くけぶる明るい髪を、静かにかき上げてこちらに視線を向けると静かに微笑んだ。

なぜか悲しそうに・・・
なぜか薄く涙を浮かべて・・・じっと、天音を見つめていた。
魅入られるように、天音は視線を外せなかった。

手招きされるまま歩を進め、美しい人の前に立った。
目の前に不自然な大きな卵形のふくらみが目だつ。
細い肢体に、どこかそぐわぬ気がした。
お腹に寄せる視線に気が付くと、ふっと微笑んだ。

「わたし、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ。」
「赤ちゃん?」

初めて交わした会話に違和感はなく、並んで花の下の芝生に座り、天音は促されるままその人のおなかにそっと手を触れた。
細い体に不自然に、丸みだけが目立つ。

「天音君。生まれてきたら、この子を遊んでくれる?」
「きっと…弟ね。わたしは、もうすぐいなくなってしまうから、仲よく遊んであげて。ね?」

困った天音は、うなずくしかなかった。

「ありがと・・・」

ふわりと白い手が伸びてきて、天音を包み込む。
甘い匂いに包まれて、もうすぐいなくなると言われてなぜか天音は泣きたくなった。
今、目の前からすぐにも消えそうな微笑だった。

この美しい人がいなくなる。
この世の理不尽に初めて接した日、まだ生まれてこない実弟を託された。

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子どもと二つ身になっても、その人は美しいままだった。
白いガーゼの長い全身を包み込むような、薄い長いワンピースを着てけだるそうに佇んでいた。
レースのパラソルの下顔色はひどく悪く、唇は震えるように青かった。

「お薬、もらってこようか?ぼくのお父さんお医者さまだから。」

そういうと、血の気のない真白い顔を向けて、その人はふっと微笑んだ。

「大丈夫よ。それよりもね、この子に…赤ちゃんにお名前を付けないといけないの。」
「お名前、まだないの?」
「ええ。」

ベビーカーの中にすやすやと寝息を立てる赤ん坊は、これまで天音が見たこともないくらい美しい赤ん坊だった。
ルーベンスの描いた薔薇色の頬を持つ幼子には、天使の羽がないのが不思議なくらいだった。
作り物のように、整った頬を押してみると、ぷくりと指が沈む。

「かわいい。」

素直に、そんな言葉が口をついて出る。

「かわいい・・・?そう、よかった。」

陽だまりの中庭で、白い顔の人が天音を見つめる。

「わたしの名前は、詩津っていうのよ。」
「し・・・ずさん?」
「そう。生まれた時に、近くの海の波が寄せてくる様子がね、わたしの両親にはおめでとうって歌っているように見えたのですって。だから、詩津。」
「津ってね、船着き場っていう意味もあるのよ。わたしも、この子が帰ってくる船着き場でいたかったのだけど駄目みたい。」

その人の話の意味は、子供の天音にはわからなかったが、ふと思いついて天音は口にした。

「ぼくね、冬休みに北海道へ行ったんだよ。」
「そのときね、鶴のダンスを見たの。鶴もね、歌うんだよ。」
「鶴が・・・?歌うの?」

優しい笑みを浮かべた人は、小首をかしげてじっと天音の次の言葉を待っていた。

「詩津さんの詩って、うたうっていう意味もあるんだよね。」

綺麗な人は、小さく頷いた。

「だからね、詩津さんの名前から一字もらって、詩鶴ってどうかな?」
「詩鶴・・・?」
「うん。求愛のダンスを踊る時に、大好きって歌うってお父さんに聞いたよ。白い息に、朝日が当たって赤く見えるんだ。」
「変かな?」
「詩鶴・・・。」

乳母車に乗せた驚くほど綺麗な赤ん坊をそっと抱き上げると、その人は天音の腕の中にそっと下した。
天音は初めて赤ん坊を抱いて、緊張のあまり堅くなってしまった。

「詩鶴を・・・遊んであげてね。この子ね、きっと天音君のこと大好きよ。生まれる前からずっと大好きだったのよ。」

天音はくすくすと笑い、赤ん坊をじっと見つめた。

「大好きなの?」
「生まれる前から、僕を知っていたの?」

天音は、「だったらこの子をぼくの弟にしてあげる。」と、約束をした。
その言葉に少し驚いたように見張った目から、はらはらと落ちる涙をふくことなく、その人は桜の花の降りしきる下、ぱたりと倒れこんだ。
薄桃色のじゅうたんが広がる、病院の裏庭で天音は赤ん坊を抱いたまま呆然としていた。
小さく赤ん坊がむずかって、人を呼ぶように泣いた。

乳を求めて赤ん坊が泣く
母を求めて赤ん坊が泣く
父を求めて赤ん坊が泣く

愛を求める赤ん坊が、その日、兄となった少年の腕の中で、声の限りに泣いた。

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美しい人が病室に運ばれ、天音の腕の中には生まれて間のない赤ん坊が残された。
産婦人科病棟の看護師に頼んで、ミルクを作ってもらいぎこちなく天音が与えた。
んくっ・・・と、渾身の力を込めて、顔を真っ赤にして赤ん坊は命を吸った。

ほどなくして、あの美しい人の夫が現れて、赤ん坊を天音の腕から取り上げた。

「おじさん。あの人の病気は重いの?」

天音の問いかけに返る言葉はなかった。
腕の中の熱を失って手持ち無沙汰のまま、天音は窓から外の風景を眺めた。
ごうごうと桜吹雪が吹き上げて、あたりの地面は薄い桜色に広く染まっていた。

「ぼくの、弟にしてあげるって約束したんだ、遊んであげるって。」
「ぼくが、さっきこの子に名前を付けたんだ。詩鶴って・・・」
「詩鶴というのか、そうか。天音が・・・。」

大きな手でくしゃくしゃと頭をなでられて、気が付くと天音は叔父に小さな赤ん坊ごと抱きしめられていた。
頭上から落ちる温かい涙のわけを、まだ幼かった天音には知りようもなかった。
それはまるで無言の許可のようで、その日から一人っ子の天音は、弟を得た。

それからほどなく、美しい人が入院していた部屋は空き部屋となり、叔父が一人ぼんやりとベッドに腰掛けているのを見かけた。

天音が預かった赤ん坊の名前は「詩鶴」という。

季節が廻った。

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拙作「新しいパパができました」の前の話になります。
詩鶴が生まれたところから、お話は始まります。
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2 Comments

此花咲耶  

小春さま

> 天音さん
> 詩鶴君の命名していたんだね。
>
名前を付けて、きれいな人を知っていただけに、この先の天音は複雑です。

> 詩津さん・・・・・無念だったでしょうね(涙)
>
死にネタはいけませんが、そこから物語が始めっているので 外せませんでした。
心から愛してたって伝われば、うれしいです。

> 新しいパパ、感動が盛りだくさんだったので、
> sidestory?
> 前作ですね~そして新しいパパに続くお話。

はい。前の部分になります。
此花は、実はちびの詩鶴が書きたかったのです。
最近、いじめっ子といわれています。おかしいなぁ~…(ノд-。)
>
> 此花ち~ん、次から次とお話出てくるね、
> 頭の中はネタ帳でびっしりでしょう?
> いつも楽しませてくれてありがとう^^
>
お話しはいっぱいあるのですが、どうしても時代物が多いので、現代物を書こうと思いました。
つじつま合わせと、調べものがんばります。(*⌒▽⌒*)♪

> 真夜中の札幌雪です・・・・・

ロマンチックです~
風邪ひかないでね、小春ちん。
コメントありがとうございました。うれしかったです(*⌒▽⌒*)♪

2011/02/28 (Mon) 09:32 | REPLY |   

小春  

天音さんのお話始まりましたね^^

天音さん
詩鶴君の命名していたんだね。

詩津さん・・・・・無念だったでしょうね(涙)


新しいパパ、感動が盛りだくさんだったので、
sidestory?
前作ですね~そして新しいパパに続くお話。

も楽しみです。

此花ち~ん、次から次とお話出てくるね、
頭の中はネタ帳でびっしりでしょう?
いつも楽しませてくれてありがとう^^

真夜中の札幌雪です・・・・・

2011/02/28 (Mon) 01:03 | EDIT | REPLY |   

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