おとうと・15 【最終話】と【あとがき】
そして迷走の果てに、明け方近く、ポケットの中の祖母の住所に気が付いたのだ。
それは、すべて天音の思惑通りだった。
祖母は詩鶴が、今は亡き娘と瓜二つなのと、近々あなたの孫がお伺いすることになるという、匿名の電話がかかって来た通りになったのを驚いていた。
裸足の孫を家に上げると、心づくしの食事を用意し、温かい風呂を沸かした。
冷え切った詩鶴は、祖母の家にやっと自分の居場所を見つけ咽んだのだ。
まだ自分の居場所があったことに、詩鶴はほろほろと泣いた。
それから後の詩鶴の話は、天音だけが知っていた。
少しずつ生気を取り戻し、詩鶴は祖母の家で色々なことを学ぶ。
天気のいい日には、庭で洗濯物を干し、二人で仲良く玄関先の草取りをする姿を遠くから自分の代わりに友人に見てもらった。
頑なに目を背け続ける天音に、友人は首をかしげた。
「面倒くさい奴だな。どうせなら、もっと優しくしてやればいいのに。あの子だってそれを望んでいるだろうに。」
「息子として、僕は母をとても愛しているんだ。母があいつを許せない以上、どんなに愛おしいと思っても、詩鶴を憎むしかないんだよ。」
「父の浅はかな行いを、僕は憎む。…父さえ、あんなことをしなければ、優しい従弟兄のお兄ちゃんで居られたのに・・・もう、元には戻れない。」
天音はそれでも確かに詩鶴を愛していた。
今となってはその感情を認めるわけにはいかないけれど、遠くから見守る愛もあるのだと思って自分を納得させていた。
詩鶴の父、聡が手放せず、そばに置いた遺骨を、そっと盜んだのも天音だった。
精神の均衡を失いつつある父と、それでも直、父を愛している不器用な母に手出しをさせてはならなかった。
詩鶴の祖母が亡くなり慟哭の詩鶴がカッターナイフを握り締めて、祖母の墓前で呆然としていたと知った時、天音は迷わず母親と同じ場所に詩鶴の母を眠らせてやろうと思った。
それが、初恋の美しい人に託された詩鶴にとって最良の道だと思ったから・・・。
同じ樹木葬の桜の下で、津田亜由美と出会ったのは、奇跡のような出来事だった。
いつも悲しい目をして自分を見やるしかできなかった詩鶴が、少しずつ芽吹くように自分を取り戻していった。
初めて会ったとき、詩鶴の傍に控える少年に意地悪をしたのは、確かめたかったからかもしれない。
天音は、鴨川総合病院へ詩鶴が研修医として入ると聞いてから、いつかすべてを返してやろうと考えていた。
自分は両親と三人、どんなことをしてでもやってゆける。
だが、詩鶴は全てを放棄し、一人の医師として父の病院と関わることだけを望んだ。
「天音さん。」
短く髪を切り、長身の美しい青年となった詩鶴が、希望通り小児科医として、鴨川総合病院へ勤務するのも間もなくだ。
「ああ、詩鶴、今日からなのか?」
「ええ。よろしくお願いします。そして、これまでありがとうございました。」
「これまで・・・?なんだ?」
天音が廻らせた視線の向こうで、今は少女には見えない細い青年が微笑んでいた。
「知ってたよ。いつも、天音さんが僕を守っていてくれていたこと。」
「僕は子供で、天音さんの事酷い人だと何度も思ったけれど、たくさん考えたらいつか気が付いたんだ。」
「何を?」
「天音さんのしたことは、全部、僕のためだったって。」
「詩鶴・・・。」
詩鶴の大きな瞳が、しばしばと瞬くとどっと溢れるモノがあった。
腕を伸ばしたら、どんと胸に飛び込んできた。
天音の白衣を掴んで、詩鶴が泣いたのはいつだっただろう。
あの日、天音の差し伸ばそうとする手を振り切って逃げた少年は、今や全てを理解していた。
「こ…これまで、気が付かなくてごめんなさい。僕だけが・・・悲劇の主人公で、一人不幸だと思ってた。」
「お父さんもお母さんも、おばあさんも、天音さんのおかげで、みんな一緒に桜の木の下で眠ってる。」
「優しくしてもらっていたのに、何も気が付かなくて・・・ごめんなさい。」
「いいんだ、詩鶴。僕は…もう、すべて・・・その言葉で報われてしまったよ。」
思わず溢れかかったのを我慢したら、声が裏返りそうになった。
「僕の胸でこんな風に泣き崩れていたら、おまえの思い込みの烈しい弁慶が、やきもちを妬くぞ。」
「医者にはなれなかったが、結局あいつも本物の弁慶のように、ここまでお前を追って来たんだな。」
「うん。柾くんがずっと支えてくれる。天音さんは・・・?大丈夫?大切な人はちゃんといる?」
「何を言うんだか…子供のくせに。」
理学療法士として、共に研修に入る青年が遠くで小さく頭を下げた。
うふ・・・と目を細め、一陣の風にあおられた花弁が、ふわりと詩鶴を包んだ。
『ありがとう・・・天音さん・・・』
花の中に居るのは、長い薄いドレスを着た少女のような儚い人だった。
涙を浮かべ、この子は、生まれる前からずっとあなたが大好きだったのよ・・・と天音に語った。
天音が花の精だと思った詩津は、細くけぶる明るい髪を、静かにかき上げてこちらに視線を向けると静かに微笑んだ。
なぜか悲しそうだった表情は、今は穏やかに満ち足りた微笑みに変わっている。・
・・・じっと、天音を見つめていた。
魅入られるように、天音は視線を外せなかったが、今は掛ける言葉を間違えたりはしなかった。
「・・・おいで、詩鶴。病院の職員に紹介する。」
春から次期病院長となる天音が、若桜のような青年を、そこにいる人たちに紹介した。
「こちら。研修後、この病院で勤務医となる津田詩鶴くん、小児科医です。」
「僕の「おとうと」です。」
・・・満開の桜の季節だった。
*****************************
【あとがき】
すごく、救いのないお話になってしまって、どうしようかと思いました。
早く終わらせたくて、ほとんど粗筋を追っていたような気がします。
祖母を亡くした詩鶴が、行き場を失くしてさ迷っていた頃のお話は「新しいパパができました」に書いてあります。
このころはまだ、天音のことをひどい人だと思っていました。
出来れば、両方お読みいただければ嬉しいです。
ここまで、長らくお読みいただきありがとうございました。
最後の最後に、やっと救いがあったんだよ~と、書けた気がします。
詩鶴の父も「おとうと」でした。
二つの「おとうと」のお話を、もう少し上手く絡めて書ければよかったのですが、重いテーマに此花ではまだまだ力量不足だと思いました。
この次、頑張ります!(`・ω・´)←ほんとかっ!
(*⌒▽⌒*)♪ 詩鶴:「これから、お医者さまになるため、がんばります!柾くんも、一緒~!」
(`・ω・´) 柾:「おれが、ずっと守ってやる!」←テンパりチェリーボーイ
ランキングに参加しております。
応援していただけたら嬉しいです。此花
にほんブログ村
>
- 関連記事
-
- おとうと・15 【最終話】と【あとがき】 (2011/03/14)
- おとうと・14 (2011/03/11)
- おとうと・13 (2011/03/10)
- おとうと・12 (2011/03/09)
- おとうと・11 (2011/03/08)
- おとうと・10 (2011/03/07)
- おとうと・9 (2011/03/06)
- おとうと・8 (2011/03/05)
- おとうと・7 (2011/03/04)
- おとうと・6 (2011/03/03)
- おとうと・5 【R-18】 (2011/03/02)
- おとうと・4 (2011/03/01)
- おとうと・3 (2011/02/28)
- おとうと・2 (2011/02/27)
- おとうと (2011/02/26)