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おとうと・13 

無視しようと思ったが、何度も何度も執拗に扉は叩かれた。

天音が詩鶴を追う父の姿に、気が付いたのは偶然だった。

帰省中の天音は、詩鶴に知られぬように、精いっぱい父と詩鶴の接触を阻止しようとしていた。
家政婦佐々岡には、ひそかにセキュリティ会社への登録条件を変更し、夜以降は身内であっても誰も本家への出入りができないようにしろと伝えた。
勿論、全てを知る佐々岡は内心胸を痛めていて、天音の指示にどこかほっとしたような表情を浮かべていた。
大した面倒を見ていなくても、彼女は彼女なりに幼い頃から詩鶴を育て、少しは情を持っていたようだ。
誰からも愛されるべき容姿を持った詩鶴の境遇を、ひそかに哀れに思い同情していた。
手を抜いても、邪険にしても慕って来る天使のような子供を、彼女が嫌いになれるはずなどなかった。

何度も繰り返すノックに、とうとう悟は詩鶴を手離し扉へと向かった。
忌々しげに扉を引くと、そこに立つ長身の息子にわずかながら狼狽した。

「・・・天音。」

肩越しに見やった詩鶴の様子に、剥かれたのは上半身だけだと知り、小さく息を吐く。

「叔父さんの容体はいかがですか?お父さん。」
「なんの変化も、ありはしないさ。都合よく奇跡などは起きんだろう。」
「そうでしょうね。」

詩津の顔を持つ詩鶴に向ける以外の顔は、極めてまともな父だった。
そういう症例を調べてみたり、教授に聞いてみたりしたが、執着を遺し相手がいなくなった場合そういうこともあるのだろうと曖昧な答えが返ってきただけだった。
実際、精神破綻の場合、健常者との線引きはとても難しい。
相手の死を認め、現実と過去を明確に意識できるまでは、発作のように起きる症状を抑えるのは難しいかもしれない。

あれ以来、詩鶴は天音の顔を見ても、苦しそうに視線をらすだけだった。
ただ一度の行為がすべてを台無しにし、信用を失った。
心から愛おしく思い、慈しんで来た詩鶴の心中を思うと、やり切れなさで胸が痛む。
姿を見るたびに痩せて小さくなってゆく、詩鶴が可哀想でどうしようもなかった。
タガが外れた日からずっと、胸の上に重石が乗せられている気がする。

のろのろと衣類を身につける詩鶴に上着を突きつけて、天音は精一杯冷ややかな声で告げた。

「みっともない恰好で、病院内をうろうろされては困る。早く、着替えてきなさい。」

詩鶴は表情の無い顔を向けた。
これ以上、ここにいたらきっと詩鶴の均衡も壊れてしまうだろう。
蒼白の顔で横をすり抜ける詩鶴の腕を背後から掴むと、天音はささやいた。

「もう、澤田の家から出ていきなさい。」

詩鶴の目に、ゆっくりと悲しみの色が広がる。
双眸に涙は盛り上がり、今にも溢れそうになっている。

「ここには君の居場所はないだろう?叔父さんは、完全看護で心配いらないし、君にあの大きな家は必要ない。違うか?」
「来年には僕も研修医として帰ってくるし、そうなると新宅の方は手狭なんだよねぇ・・・」
「天音・・・さん。」

父との思い出がたくさんあるわけではなかったが、詩鶴にはいつか奇跡が起きて父が帰ってきたら一緒に住むはずの大切な家だった。
父の持つたくさんの母の思い出話を聞き、静かに養生し暮らせたらと思っていた。

「…し、しばらく…考えさせてください。」

何とか声を振り絞った詩鶴の頬に、涙の筋を見た。
これから家に帰って詩鶴は、天音の重なる仕打ちに涙にくれるのだろう。
母のお骨を安置した仏間で、泣き伏すに違いない。
そうなる様に、天音は今日、手を打ってきた。

誰にも相談できない詩鶴が、最後に佐々岡に泣きつけば天音の計画の一つは終わる。
詩鶴を見送って、天音は扉を閉めて父に声を掛けた。

「お父さん。そろそろ院長室も新しくしたらどうです?これ以上、治療を施しても聡叔父さんが元通りの身体になるとは思えないし。あまり期待させるのも、家族には残酷ですよ。」
「詩鶴を追い出して、本宅の方に引っ越しするように、お母さんには言いましたから。」

理解できかねている父が、濁った目を向けた。


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(´;ω;`) 詩鶴「おうち、出て行かなきゃいけないの・・・?」

(´・ω・`) 天音の真意はどこに。←ばればれだけど。

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