おとうと・8
詩津は誰かを不幸にしてまで、恋を全うしたくないのと、話を聞いてくれた弟、聡に涙ながらに告げた。
父も祖父も外に何人も愛人を囲い、正月には妾の家にお年玉を届けるような家で育った兄弟には、詩津の涙は意外だった。
「詩津さん。そんなに泣かないでください。」
「わたし、悟さんに、一緒にいようって言われて本当にうれしかったの。」
「でも、悟さんの愛は、わたしが貰ってはいけないモノなの。奥様がいらっしゃるのに、どうして一緒にいようなんて言えるの?」
「わたし、一緒になんて暮らせない。」
弟、聡には返す言葉がなかった。
育ってきた環境が違うと言いきるには、まっすぐに向けられた詩津の涙は、余りに清浄だった。
詩津は和裁士の母と、早くに亡くなってしまった教員の父親と家族三人だけで愼ましく暮らしてきたのだ。
自分は近くの図書館で、嘱託の司書としてわずかな給料をもらっていた。
華やかな生活を送る恋人、悟の暮らしぶりが見えるにつけ胸の中に湧き上がる不信をどうしようもない詩津だった。
だから、妻子が居ながら求婚した恋人の不実にすっかり動揺し、平静を失っていた。
兄、悟も聞き分けのない恋人に手を焼いていた。
どれだけ機嫌を取ってやっても、詩津は何度も別れ話をする。
身体を重ねては金で始末をつけてきた、これまですり寄ってきた女と詩津はまるで違っていて、悟は苛々と興奮しついに言葉を荒げた。
「一体、何が不満なんだ。月々ちゃんと必要な手当てを渡すし、母親の面倒も見ると言ってるだろう?いくら、出せば気が済むんだ!言って見ろ、詩津!」
「200万か、300万か!」
激昂した悟に、詩津は小さく頭を振り震える唇で別れを告げた。
「お金が欲しくて、あなたを好きになったんじゃありません。」
「もう、お会いしません。わたしは、わたしだけを好きだって言ってくださる方と結婚します。」
心配で様子を覗きに来ていた聡はたまらず、進み出た。
「兄さん、すみません。ぼくは、詩津さんに結婚を申し込もうと思っています。あの・・・もし、詩津さんさえよかったらだけど。」
「・・・聡さん・・・?」
「いつからだ?」
いつからと聞かれて、二人は顔を見合わせた。
数度、病院内の敷地で会っただけだし、しかも話題は常に兄と詩津の相談でしかなかった。
「来い、詩津!」
「い・・いやです。もうお話することはありませんっ。」
「お前になくても、俺にはある。」
穏やかな言葉遣いが、かえって不安を掻き立てた。
「母が心配しますから、帰ります。」
「まだ、話が済んでない。」
ぐいと引き寄せられて、詩津は悟の懐に捕獲された。
そこへ、急患の到着を告げる内線が入ったのが、詩津と聡の不幸だった。
交通事故でおそらく内臓破裂と、脳挫傷と慌ただしい現場からの知らせは、一刻の猶予もない様子だった。
「兄さん。患者です。詩津さんとの話は、また後日にしましょう。今は、急患を優先しないと!」
「脳外科のおまえがいけば、済むことだろう。俺は話がある。」
悟の腕の中で見悶えする詩津を見やった、聡は詩津が行ってと頷くのを見た。
早くに父を亡くした詩津には、おそらく急患を心配する家族を思って、過去の自分と重ねたのだろうと思う。
「なるべく早く戻りますから。」
遠く離れた外科病棟に、聡を呼ぶ詩津の悲鳴は聞こえなかった。
詩津の持つ、ただ一人の人と寄り添って生きてゆきたいという、普通の幸せへの憧憬は悟には届かなかった。
勝手な思い込みと、邪推に詩津は打ちのめされ、明け方やっと緊急手術を終えて詩津の元に走ってきた聡は言葉を失った。
「俺のお譲りでいいのなら、やるよ。」
そう言って、横をすり抜けた兄は歪んだ笑みを浮かべた。
寝台に擴がった詩津の様子が全てだった。
「詩津さ・・・ん・・・・すまない・・・。」
「聡さ・・ん。」
二人抱き合って、目が溶けるほど泣いた。
********************************
(´;ω;`) あう~・・・今日は詩鶴の母ちゃんの詩津さんが~~!
此花、鬼畜~?
余りに悲惨なので心配してくださって、「新しいパパができました」を読んでくださった方がいらっしゃるみたいです。
拍手ありがとうございました。(*⌒▽⌒*)♪←素直~
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「詩津さん。そんなに泣かないでください。」
「わたし、悟さんに、一緒にいようって言われて本当にうれしかったの。」
「でも、悟さんの愛は、わたしが貰ってはいけないモノなの。奥様がいらっしゃるのに、どうして一緒にいようなんて言えるの?」
「わたし、一緒になんて暮らせない。」
弟、聡には返す言葉がなかった。
育ってきた環境が違うと言いきるには、まっすぐに向けられた詩津の涙は、余りに清浄だった。
詩津は和裁士の母と、早くに亡くなってしまった教員の父親と家族三人だけで愼ましく暮らしてきたのだ。
自分は近くの図書館で、嘱託の司書としてわずかな給料をもらっていた。
華やかな生活を送る恋人、悟の暮らしぶりが見えるにつけ胸の中に湧き上がる不信をどうしようもない詩津だった。
だから、妻子が居ながら求婚した恋人の不実にすっかり動揺し、平静を失っていた。
兄、悟も聞き分けのない恋人に手を焼いていた。
どれだけ機嫌を取ってやっても、詩津は何度も別れ話をする。
身体を重ねては金で始末をつけてきた、これまですり寄ってきた女と詩津はまるで違っていて、悟は苛々と興奮しついに言葉を荒げた。
「一体、何が不満なんだ。月々ちゃんと必要な手当てを渡すし、母親の面倒も見ると言ってるだろう?いくら、出せば気が済むんだ!言って見ろ、詩津!」
「200万か、300万か!」
激昂した悟に、詩津は小さく頭を振り震える唇で別れを告げた。
「お金が欲しくて、あなたを好きになったんじゃありません。」
「もう、お会いしません。わたしは、わたしだけを好きだって言ってくださる方と結婚します。」
心配で様子を覗きに来ていた聡はたまらず、進み出た。
「兄さん、すみません。ぼくは、詩津さんに結婚を申し込もうと思っています。あの・・・もし、詩津さんさえよかったらだけど。」
「・・・聡さん・・・?」
「いつからだ?」
いつからと聞かれて、二人は顔を見合わせた。
数度、病院内の敷地で会っただけだし、しかも話題は常に兄と詩津の相談でしかなかった。
「来い、詩津!」
「い・・いやです。もうお話することはありませんっ。」
「お前になくても、俺にはある。」
穏やかな言葉遣いが、かえって不安を掻き立てた。
「母が心配しますから、帰ります。」
「まだ、話が済んでない。」
ぐいと引き寄せられて、詩津は悟の懐に捕獲された。
そこへ、急患の到着を告げる内線が入ったのが、詩津と聡の不幸だった。
交通事故でおそらく内臓破裂と、脳挫傷と慌ただしい現場からの知らせは、一刻の猶予もない様子だった。
「兄さん。患者です。詩津さんとの話は、また後日にしましょう。今は、急患を優先しないと!」
「脳外科のおまえがいけば、済むことだろう。俺は話がある。」
悟の腕の中で見悶えする詩津を見やった、聡は詩津が行ってと頷くのを見た。
早くに父を亡くした詩津には、おそらく急患を心配する家族を思って、過去の自分と重ねたのだろうと思う。
「なるべく早く戻りますから。」
遠く離れた外科病棟に、聡を呼ぶ詩津の悲鳴は聞こえなかった。
詩津の持つ、ただ一人の人と寄り添って生きてゆきたいという、普通の幸せへの憧憬は悟には届かなかった。
勝手な思い込みと、邪推に詩津は打ちのめされ、明け方やっと緊急手術を終えて詩津の元に走ってきた聡は言葉を失った。
「俺のお譲りでいいのなら、やるよ。」
そう言って、横をすり抜けた兄は歪んだ笑みを浮かべた。
寝台に擴がった詩津の様子が全てだった。
「詩津さ・・・ん・・・・すまない・・・。」
「聡さ・・ん。」
二人抱き合って、目が溶けるほど泣いた。
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