おとうと・10
広い世界で、自分の腕を試したいと思ったのも事実だった。
誰もが知る有名大学で、腕を磨き名を上げていずれは帰国するつもりだと悟は宣言し、実際そうなった。
翌年、弟、聡も国内で有名大学への入学を果たし、両親は大いに喜んだ。
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時が流れ、兄は在学中に、大学教授のすすめるままに気高い伴侶を持つ。
打算で結婚したとはいえ、すぐに長男の天音も生まれ傍目には何の不足もない順風満帆な人生だった。
悟は妻を確かに愛していた。
澤田家主導の元、総合病院の建設が決まり、悟が病院長になってさえいれば詩鶴が生まれるようなことはなく天音の苦しみも起きなかったのかもしれない。
全ての不幸な出来事は、悟に起因していた。
そのもっと向こうに、種は撒かれていたのかもしれない。
詩鶴の哀しみも、天音の苦悩も悟の分別のない行動から起こった。
悟の過ごしてきた過去に同情する余地はあっても、決して許される生き方ではない。
詩津をめぐる兄弟の話を、家政婦佐々岡に聞き天音は混乱していた。
聞くべきではなかったと思った。
むしろ、一番責められるのは父親で、生まれて来た詩鶴には何の落ち度もない。
そう思いながら、母の長年の苦悩の原因がわかってしまった今、詩鶴と元通り仲の良い従弟に戻れるはずもなかったのだ。
心から愛おしいと思いながら、天音は詩鶴を弟して認めるわけにはいかなかった。
父に蹂躙された後、まるで雨の日に捨てられた古い人形のような詩鶴を天音は抱いた。
いたわるような気持ちでいたと言っても、それは言い訳にしかすぎない。
天音と詩鶴の、過ぎ去った過去はもう二度と取り戻せない。
天音は自らの手で、詩鶴を傷付け永遠に失ってしまったのだ。
押し寄せる後悔に指先が震えた。
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例え、どんな理由があっても許されるわけではないのですけれど・・・
天音がちょっと可哀想になったりします。
ちょっと寄り道してしまいました。
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