おとうと・14
乱れた衣類に気付いた佐々岡が、なんでもない振りをして声を掛ける。
「詩鶴さん。それ、テーブルの上に置いておいてください。洗濯してしまいますから。」
「あの・・・今日、ボタン取れてしまって・・・」
「男の子って、詩鶴さんみたいに大人しい子でもやんちゃするんですね。怪我はないですか?」
ほんの少し安心して、目を見交わした。
「うん。平気…お仕事増やしてしまって、ごめんなさい。」
「いいんですよ。たまには、わたしもお給料分くらい、仕事しませんとね。申し訳ないと思ってるんですよ。」
「そんな・・・。でも、お願いします。」
詩鶴は着替えのために自室に駆け上がり、しばらくすると予期した通りすごい勢いで降りてきた。
「佐々岡さん!誰か仏間に入った!?」
「いえ。知りませんけど、何かありました?」
「お骨が・・・、仏壇のお母さんの骨壺が無くなってるんだ・・・。お父さんが、春になったらお墓に納めるって言ってたのに・・・。」
「お母さんの・・・どうしよう・・・。」
その場に座り込んでしまった詩鶴に、かける言葉を探していた佐々岡が思い切って口を開いた。
「詩鶴さん。あの、差し出たことかもしれないのですが、おばあ様の事ご存知ですか?」
「老人施設に入っている澤田のおばあさま?」
「いえ、お母様の方のおばあさまです。」
「どこにいるか判らないんだ。お母さんは結婚に反対されてたらしいし…聞いたことない。」
「これ。この間掃除していましたらね、古い暑中見舞いを見つけたんですよ。何かに必要になるかと思ってお預かりしていたんです。
黄色く変色した紙片に、澤田詩津さまと母の名前が書いてあった。
別の紙に書き写したものと二枚、とりあえず受け取って詩鶴はポケットにしまった。
ドアチャイムを鳴らし、返事をする間もなく入ってきたのは天音だった。
「佐々岡さん。なるべく早く詩鶴の荷物をまとめてやってください。」
「えっ・・・?」
「来年になったら、ぼくがこの家に住みますから。佐々岡さんは引き続き、仕事をお願いします。」
「はい。でも詩鶴さんは、どこへ・・・?」
天音はじっと詩鶴を見た。
小さく固めた拳が理不尽に抗議するように震えている。
「新宅の方に移ってもらいます。母も、お茶の教室を開きたいって言ってるし、向こうは何かと手狭でね。」
佐々岡は、詩鶴の食事の準備をすると言って、そっと席を外した。
「いいね、詩鶴?」
「・・・この家は・・・お父さんの身体が良くなったら、一緒に住むんです。だから、ぼくはずっとここに・・・居る、んです。」
「聞き分けのないことだね、詩鶴。悪いけど、家の名義はもう父の名前に変えてしまったよ。」
「伯父さんの名義に・・・?」
「そう、持ち主が変わったということだよ。君は未成年だし、良く言えば後見人というところかな。病院の方も、近々そうなると思うよ。」
「病院は、お父さんのものだ!ぼくも、お医者様になって手伝うんだよ。」
「お父さんが倒れる前に、約束したんだもの。」
ふっと、天音は冷酷な笑みを向けた。
詩鶴の一番の理解者であり、優しかった従兄弟が今は詩鶴の持ち物をすべて取り上げようとしていた。
「植物状態で、いったい何ができるんだ。脳外科の天才と言われても、自分を手術できない以上回復の見込みはないよ。」
「そんなこと・・・。もしかすると奇跡が起こって・・・。」
「詩鶴。奇跡というのはね、君も馬鹿じゃないのだから分かるだろう?」
「常識で考えては起こりえない出来事を、奇跡というんだよ。」
天音が一歩足を踏み込み手を伸ばすと、詩鶴が身を固くした。
「このまま、ここにいて「天音お兄ちゃん」と暮らすかい?可愛い詩鶴、お兄ちゃんは詩鶴のことが可愛くてたまらなかったよ。」
腕の中に引き寄せると、腕を突っぱね離れようともがいた。
「食べてしまいたいほど、可愛かったよ。詩鶴、お兄ちゃんと一緒に、もう一度ホットケーキ作ろうか。邪魔なものはみんな取っ払って、素肌に薄いエプロン一枚で・・・オーガンジーの詩鶴に似合いそうなの買ってあげる。」
「天音・・・さん。放して・・・。」
「母が君を毛嫌いしていた理由がやっとわかったよ。君のお母さんは、僕の母にとっては居なくなっても許せない相手だったみたいだね。」
「死んだ後も、息子にこんなそっくりの顔を残して、母を苦しめるんだ。」
天音の手が詩鶴の小さな顔を捕まえると、かみつくようなキスを降らせた。
「んーーーーーっ・・・や・・・やだっ!」
振り切った詩鶴の腕をつかみ直も天音は告げた。
「父と僕のどっちがいい?詩鶴、君の良いようにしてあげるよ。叔父さんのベッドの足元で襲われかけている詩鶴は、とても扇情的だった。」
「・・・寄るな!ぼ・・・くに、触るな!」
向きを変えて、再び深く舌を差し入れ吸い上げた。
腕の中の詩鶴は涙にくれて、ただじっと天音の顔を驚愕の眼差しで見つめている。
首筋に天音の舌が下りてきて、薄い長袖シャツの下を指がまさぐった。
薄い胸に執着した指が、ほんの少しの厚みを見つけ出し、力任せに捻った。
「ぃやーー・・・っ!」
どんと、胸を押し詩鶴は濡れた顔を向けた。
何か言おうとしたが、唇は震え言葉は出てこない。
その夜から、詩鶴は行方知れずになった。
夜半から降り出した細かい雨が、今頃ずっと泣いている詩鶴の涙のようだと思う。
「詩鶴・・・ごめん。ごめん・・・こうするしか、なかった。」
「守ってやれなくて、ごめん・・・。」
ベランダで独り、雨に打たれながら詩鶴を思った。
『天音お兄ちゃん』
もう二度と、そう呼ばれることはない。
天音の嗚咽が夜陰に呑まれた。
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(´;ω;`) 詩鶴「これから、どうしたらいいの・・・?」
(´・ω・`) 天音のばればれの真意は、詩鶴には届きません。悲しいね。
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