続 星月夜の少年人形 1
小さな芸能プロダクション、「星月夜」に所属するタレント、矢口桃李(やぐちとうり)の子供の頃の記憶は、二つしかない。
それ以外、思い出そうとしても思い出せなかった。
会った誰もが驚き、思わず手に入れたいと願う美貌を持つ、桃李の心の中に深く沈められた記憶。
やせっぽちで見上げたお月さまさえ、コッペパンに見えた。
誰も自分を助けることはないと、物心ついたころには知っていた。お腹の空いた記憶、寒さに震えた記憶、幼い頃の記憶で、桃李の覚えているものは、ただそれだけだった。
政治家は一様にこの国は、豊かだと口にするが、それは目に見えている選挙区の上面だけのことだ。小さな子供が飢えていようと、真冬に裸足で居ようと、大抵の大人はちらと流し目だけを呉れて関わり合いにならないように通り過ぎてゆく。
お腹が空きすぎて、きりきりと胃が痛くなっても、やせた子供の手のひらに誰も何も乗せてくれない。桃李は公園の水を飲んで、空腹を紛らせる。
小さな桃李は、母親の務める店の戸口に座る。
たまに横切る野良猫が、ちらと視線をくれるが、寄って来て餌をねだったりしない。彼らは桃李が同じ立場だと判っているようだった。
大人の膝から下だけが横切る世界を眺めて、桃李はコンビニ弁当の残り物と、仲良くなったホームレスの施しで腹を満たし、何とか大きくなった。
*******
桃李の育った街で生まれた子供たちに、片親の子は別段珍しくはなかった。ピルを飲み忘れた母親が運悪く桃李を身ごもり、出産後、育児放棄したとしてもそれも珍しいことではない。
母は夜の街へ仕事に出かけ、お腹を空かした幼い桃李は、何とか食べるために部屋を抜け出した。
一日にあんパン一個か、メロンパン一個。インスタントのカップ麺かお弁当。まれにお客さんが呉れる、チョコやクッキーの高級菓子。それらが桃李の生きる糧だった。
綺麗な包装紙に包まれたそれらを、母親は桃李に投げて寄越す。栄養失調で、かさかさの肌の桃李は、それでも大好きな母親からもらったお菓子を、大切なうさぎのぬいぐるみのお腹にしまって少しずつ食べた。
「しけてるわ。たまには、四月の誕生石でもくれてみろってのよ。」
母の誕生石はトルコ石だ。でも、お店にでれば「あたしは、四月生まれなの。」と、嘘ぶいた。嘘つきで軽薄で男にだらしない、若い母親。それでも、桃李は世界中の誰よりも母が好きだった。
*******
桃李はろくでもない母親を「まま」と呼んだ。夕方、6時から12時まで、桃李は生ごみのバケツと並んで母親を待っていた。妻子に逃げられた花村が古巣の街に舞い戻り、桃李に声を掛けたのはほんの気まぐれだったろうか。
「坊主、母ちゃん、待ってるのか?」
「まま。」
何の気なしに返答した桃李は、抱き上げてくれた男の黒いサングラスが怖くて泣いた。それまで桃李の眺めていた足だらけの雑踏の風景が、急に変わったのも怖かった。
いつか母親が出てくる扉から離れるのも不安だった。だが、黒いサングラスの男がサングラスを外すと、黒服の乱暴なお兄さんたちとは違っていて、ずいぶん優しい目をしていた。
桃李に向けてくっと笑うと、黒い瞳が空に浮かんだ三日月の形になる。「お月さまのブランコ」の形だと、幼い桃李は思った。
新しいお話は「星月夜の少年人形」の続編になります。
拍手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
↑
カロリーハーフ・chobonさまが、ものすごくかわいいバナーを作ってくださいました。どうやら、chobonさまには此花がこう言う感じに見えているらしいです。(`・ω・´)
お会いしたことないはずなのに・・・見た?
本人は、こんなに可愛くないですけど、うれしくて♪きゅんきゅん(*⌒▽⌒*)♪です~~。
ゴマフアザラシではなく、セイウチかもしれないけど「ちっさいことは、気にするな!」
ありがとうございました!
それ以外、思い出そうとしても思い出せなかった。
会った誰もが驚き、思わず手に入れたいと願う美貌を持つ、桃李の心の中に深く沈められた記憶。
やせっぽちで見上げたお月さまさえ、コッペパンに見えた。
誰も自分を助けることはないと、物心ついたころには知っていた。お腹の空いた記憶、寒さに震えた記憶、幼い頃の記憶で、桃李の覚えているものは、ただそれだけだった。
政治家は一様にこの国は、豊かだと口にするが、それは目に見えている選挙区の上面だけのことだ。小さな子供が飢えていようと、真冬に裸足で居ようと、大抵の大人はちらと流し目だけを呉れて関わり合いにならないように通り過ぎてゆく。
お腹が空きすぎて、きりきりと胃が痛くなっても、やせた子供の手のひらに誰も何も乗せてくれない。桃李は公園の水を飲んで、空腹を紛らせる。
小さな桃李は、母親の務める店の戸口に座る。
たまに横切る野良猫が、ちらと視線をくれるが、寄って来て餌をねだったりしない。彼らは桃李が同じ立場だと判っているようだった。
大人の膝から下だけが横切る世界を眺めて、桃李はコンビニ弁当の残り物と、仲良くなったホームレスの施しで腹を満たし、何とか大きくなった。
*******
桃李の育った街で生まれた子供たちに、片親の子は別段珍しくはなかった。ピルを飲み忘れた母親が運悪く桃李を身ごもり、出産後、育児放棄したとしてもそれも珍しいことではない。
母は夜の街へ仕事に出かけ、お腹を空かした幼い桃李は、何とか食べるために部屋を抜け出した。
一日にあんパン一個か、メロンパン一個。インスタントのカップ麺かお弁当。まれにお客さんが呉れる、チョコやクッキーの高級菓子。それらが桃李の生きる糧だった。
綺麗な包装紙に包まれたそれらを、母親は桃李に投げて寄越す。栄養失調で、かさかさの肌の桃李は、それでも大好きな母親からもらったお菓子を、大切なうさぎのぬいぐるみのお腹にしまって少しずつ食べた。
「しけてるわ。たまには、四月の誕生石でもくれてみろってのよ。」
母の誕生石はトルコ石だ。でも、お店にでれば「あたしは、四月生まれなの。」と、嘘ぶいた。嘘つきで軽薄で男にだらしない、若い母親。それでも、桃李は世界中の誰よりも母が好きだった。
*******
桃李はろくでもない母親を「まま」と呼んだ。夕方、6時から12時まで、桃李は生ごみのバケツと並んで母親を待っていた。妻子に逃げられた花村が古巣の街に舞い戻り、桃李に声を掛けたのはほんの気まぐれだったろうか。
「坊主、母ちゃん、待ってるのか?」
「まま。」
何の気なしに返答した桃李は、抱き上げてくれた男の黒いサングラスが怖くて泣いた。それまで桃李の眺めていた足だらけの雑踏の風景が、急に変わったのも怖かった。
いつか母親が出てくる扉から離れるのも不安だった。だが、黒いサングラスの男がサングラスを外すと、黒服の乱暴なお兄さんたちとは違っていて、ずいぶん優しい目をしていた。
桃李に向けてくっと笑うと、黒い瞳が空に浮かんだ三日月の形になる。「お月さまのブランコ」の形だと、幼い桃李は思った。
新しいお話は「星月夜の少年人形」の続編になります。
拍手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
↑
カロリーハーフ・chobonさまが、ものすごくかわいいバナーを作ってくださいました。どうやら、chobonさまには此花がこう言う感じに見えているらしいです。(`・ω・´)
お会いしたことないはずなのに・・・見た?
本人は、こんなに可愛くないですけど、うれしくて♪きゅんきゅん(*⌒▽⌒*)♪です~~。
ゴマフアザラシではなく、セイウチかもしれないけど「ちっさいことは、気にするな!」
ありがとうございました!
- 関連記事
-
- 続 星月夜の少年人形 15 (2011/07/01)
- 続 星月夜の少年人形 14 (2011/06/30)
- 続 星月夜の少年人形 13 (2011/06/29)
- 続 星月夜の少年人形 12 (2011/06/28)
- 続 星月夜の少年人形 11 (2011/06/27)
- 続 星月夜の少年人形 10 (2011/06/26)
- 続 星月夜の少年人形 9 (2011/06/25)
- 続 星月夜の少年人形 8 (2011/06/24)
- 続 星月夜の少年人形 7 (2011/06/23)
- 続 星月夜の少年人形 6 (2011/06/22)
- 続 星月夜の少年人形 5 (2011/06/21)
- 続 星月夜の少年人形 4 (2011/06/20)
- 続 星月夜の少年人形 3 (2011/06/19)
- 続 星月夜の少年人形 2 (2011/06/18)
- 続 星月夜の少年人形 1 (2011/06/17)