続 星月夜の少年人形 6
古いアパートの旧式の水洗トイレが、タンクにためるタイプの和式トイレだったのが桃李の命を救った。
それは本能だと言った方が良いかもしれない。西日の入る暑い部屋で、生きるために桃李は、トイレの水を舐めた。
母の無い生まれたての子猫のように、花村に抱き上げられた桃李は「にゃあ・・・」とかすかに鳴いた。
「にゃあ・・・って?桃李くん?」
目をやった窓のすぐ外に屋根が見える。発情期の猫がそこで恋をする。
桃李には自分を心配した猫が、屋根から覗いていると思ったのだろう。猫の言葉でにゃあと助けを呼んだ。子供には手の届かない高い窓は、ほんの少し空気穴のようにあけられていて換気されていた。
母親はすぐに帰ってくる気だったのだろうか。いくつかの小さな歯型の付いたカップめんと、駄菓子の袋が転がっていた。
駆け付けた大家がすぐに警察と救急車を呼んだ。スワンのママが涙ぐみ、羽織っていたカーディガンを脱いで桃李を包んだ。
「花村ちゃん。病院に一緒に行く?」
花村は首を振った。
「言いたいことは、わかってるよ。俺の出る幕じゃないって言うんだろ。桃李は野良の犬や猫じゃないから俺が拾って、ミルクをやるわけにはいかないからな。」
いっそ野良の子猫なら良かったと思う。すくい上げて、優しくしてやれたはずだ。
赤色灯が回り野次馬のごった返す中、担架を抱えた救急隊員が部屋に入ってきた。ざっと様子を見て、脱水症状と栄養不良だろうと指摘した。
「担架は必要ないですね。どなたか病院までご同道お願いできますか?後、大家さん、事情聴取があると思います。」
「あ、はいはい。あたしが行きますよ。」
一緒に行こうとした大家が、花村に顔を向けた。
桃李の細い指が、花村のスーツを力なく掴んでいた。
「じゃあ、このまま抱いて行ってください。」という、救急隊員の言葉に、花村は素直にうなずくしかなかった。
*******
桃李はそのまま入院した。
それほどひどい状態じゃなかったのは、桃李が普段からそれなりに辛抱強く生きて来たからだろうと医師は告げた。
翌日、見舞いにいくと、桃李は体を洗ってもらって清潔なケアねまきを着せてもらい、まるで見違えるように綺麗になっていた。
薄汚ない恰好でも、際立って作りの良いのは分かっていたが、別棟の看護師の噂に上るほどベッドで眠る桃李は可愛らしかった。
キャバ嬢の母親と、見目の良い最低の父親から生まれた、天使のような桃李は、退院後は施設に行くことが決まっていた。
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