続 星月夜の少年人形 2
「そうか。ママはこのお店でお仕事なんだな。お父さんは?」
「おとうさん・・・?ぱぱ、いない。まま、お仕事。」
どこかぎこちない会話を交わした。
黒いサングラスの男は、思い出していた。キャバ嬢やホステスを食い物にする、見た目は極上だが中身は最悪の男がいると、聞いたことがある。元は、ホスト崩れらしいのだが、素行不良で勤めている店を首になるような奴だった。根っからの悪で、まだこの町に流れついて間の無い男にも、要注意人物として仕事仲間から話は十分入ってきていた。飴と鞭を巧みに使い分けて、酷い条件の場所に沈めた女は片手では聞かないという。
「男なら、セクスは中出しでしょ。」
そんなふざけた戯言を真情とし、そのおかげで受精した桃李はここにいる。薄汚ない服を着せられても、隠しきれない子供らしからぬ美貌。多分、この子の見かけはろくでもない父親に似ている。母親にとっては、この子は薄情な男をつなぎ止める、ただ一つの鎹(かすがい)だ。
「なぁ。おじさん、これからご飯食べに行くんだ。行かないか?」
「ごはん?のりべん?」
ぱっと、桃李の顔が明るくなる。だが、男はまだ桃李の環境を何も知らなかった。ちょうど空瓶を抱えて出てきた店員が、親切ごかしに教えてくれた。
「物好きな奴だな。誘拐したって無駄だぞ。そいつの母親は、借金だらけだからな。」
「兄ちゃん。こいつとあそこのファミレスで飯食って来るわ。ままによろしく言っておいてくれ。直ぐ帰るから。」
男は裸のままの万札を、そいつに握らせた。手のひらを返したように、機嫌よく饒舌になる。
「店から上がるまで、まだ二時間もあるんだ。へっちゃらですよ。どうせ、こいつはいつもここでずっと一人ぼっちなんだから。おい、桃李、おいしいもの食べさせてくれるってさ。良かったなぁ。」
「うん。」
痩せすぎて、膝小僧だけがずいぶんとでかく見える。細い棒切れが突き出たようだ。昔、こんな子供の写真を見たことがある。あれは・・・そうだ、戦時中の子供の脚だ。
手をつないでやろうとしたら、伸ばした腕に掻きついてきて思わず抱き上げる。思わず、頬を寄せてふくいくとした甘い子供の匂いを嗅いだ。
「げっ・・・くっせぇ!」
風呂にもまともに入っていないのかと、驚きはしないが呆れた。思わず、笑ってしまう。母親は夜の蝶になって、煌めくラメのドレスに身を包み、男から男へと嬌声をあげながら渡り歩いていた。決して幸せになれない不誠実な男に貢ぎ、人形を抱いた少女のようにささやかな夢を見ていた。
黒いサングラスの男、花村が、手放してしまった子供と同じくらいの年の桃李に目を止めたのはただの気まぐれだったかもしれない。
父親になれなかった男が、父親の居ない子の手を曳いた。見上げる空に掛かる、上限の月。
ふと・・・愛おしくてたまらない息子の名を口にした。
「優月・・・。」
新しいお話は「星月夜の少年人形」の続編になります。
拍手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
「おとうさん・・・?ぱぱ、いない。まま、お仕事。」
どこかぎこちない会話を交わした。
黒いサングラスの男は、思い出していた。キャバ嬢やホステスを食い物にする、見た目は極上だが中身は最悪の男がいると、聞いたことがある。元は、ホスト崩れらしいのだが、素行不良で勤めている店を首になるような奴だった。根っからの悪で、まだこの町に流れついて間の無い男にも、要注意人物として仕事仲間から話は十分入ってきていた。飴と鞭を巧みに使い分けて、酷い条件の場所に沈めた女は片手では聞かないという。
「男なら、セクスは中出しでしょ。」
そんなふざけた戯言を真情とし、そのおかげで受精した桃李はここにいる。薄汚ない服を着せられても、隠しきれない子供らしからぬ美貌。多分、この子の見かけはろくでもない父親に似ている。母親にとっては、この子は薄情な男をつなぎ止める、ただ一つの鎹(かすがい)だ。
「なぁ。おじさん、これからご飯食べに行くんだ。行かないか?」
「ごはん?のりべん?」
ぱっと、桃李の顔が明るくなる。だが、男はまだ桃李の環境を何も知らなかった。ちょうど空瓶を抱えて出てきた店員が、親切ごかしに教えてくれた。
「物好きな奴だな。誘拐したって無駄だぞ。そいつの母親は、借金だらけだからな。」
「兄ちゃん。こいつとあそこのファミレスで飯食って来るわ。ままによろしく言っておいてくれ。直ぐ帰るから。」
男は裸のままの万札を、そいつに握らせた。手のひらを返したように、機嫌よく饒舌になる。
「店から上がるまで、まだ二時間もあるんだ。へっちゃらですよ。どうせ、こいつはいつもここでずっと一人ぼっちなんだから。おい、桃李、おいしいもの食べさせてくれるってさ。良かったなぁ。」
「うん。」
痩せすぎて、膝小僧だけがずいぶんとでかく見える。細い棒切れが突き出たようだ。昔、こんな子供の写真を見たことがある。あれは・・・そうだ、戦時中の子供の脚だ。
手をつないでやろうとしたら、伸ばした腕に掻きついてきて思わず抱き上げる。思わず、頬を寄せてふくいくとした甘い子供の匂いを嗅いだ。
「げっ・・・くっせぇ!」
風呂にもまともに入っていないのかと、驚きはしないが呆れた。思わず、笑ってしまう。母親は夜の蝶になって、煌めくラメのドレスに身を包み、男から男へと嬌声をあげながら渡り歩いていた。決して幸せになれない不誠実な男に貢ぎ、人形を抱いた少女のようにささやかな夢を見ていた。
黒いサングラスの男、花村が、手放してしまった子供と同じくらいの年の桃李に目を止めたのはただの気まぐれだったかもしれない。
父親になれなかった男が、父親の居ない子の手を曳いた。見上げる空に掛かる、上限の月。
ふと・・・愛おしくてたまらない息子の名を口にした。
「優月・・・。」
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