びいどろ時舟 22
怒号の続く二人のやりとりを、意識を戻した鏡が、濡れた瞳で悲しそうにじっと見つめていた。
「・・・なんでもないんだ、鏡。」
「仕事の話で、揉めただけだから。良くあることなんだよ。」
鏡は何とか笑おうと務めていたが、叶わず嗚咽が漏れた。この子は自分が原因で何かが起こっていると悟ったようだった。
良いことが、長く続かないのはいつものこと・・・。
とうにわかっていた。
辛いときに親切にしてくれたカピタンと、絶体絶命の窮地から救ってくれた新さんが、自分の事で喧嘩をするのが辛かった。
手をついて、鏡は深く頭を下げた。
「喧嘩ば、やめてくれんね。あしはもう、帰っとけん・・・ぼちぼち、仕事のたまっておるけん・・・」
汚れを洗って、涙の出る場所まで綺麗になってしまったのだろうか。こんなに涙もろいはずではなかったのに・・・鏡はひくとしゃくりあげた。
本当は、この優しい人たちと別れたくなかった。
「なんか(長い)間、お世話になったと。新さん、送ってくれんね・・・。」
口を覆って伏せたまま、とうとう顔が上げられなくなってしまった。セマノは傍に寄り、鏡を抱いた。甘い涙を舐めとってやる。
それは鏡の見た、夢の光景だった。
「時分の花・・・か。」
シンが小さく呟いた。
*******
その頃。
水月楼では、阿蘭陀屋敷から帰宅した千歳花魁が、女将に迫っていた。自室に届いた贈り物にも覚えはない。禿を捕まえて、女将の思惑を知った。
「お母さん。一体、鏡に何をしたんでありんすか? どこへ行ったのか、影も形も見えないようでありんすが。」
返事に窮した女将は、咄嗟に鏡が望んだことだと方便を並べ立てた。
「あたしはね、花魁。何の床あしらいも知らない、男衆見習いに何が出来るのかって、聞いたんだよ。そうしたらあの子は、姉しゃまが自由になれるなら、自分はどうなってもいいからお客様の所へやってくださいって言うから。」
千歳花魁の瓜実の美しい顔が、曇った。
確かに、鏡の言いそうなことだった。
花魁と男衆見習いが言葉をかわしてはいけないと聞けば、遠目に眺めることは有っても、本当に見つめるだけで何も言わなくなった弟だった。
「あの子を、わっちの代わりに床入りさせたと、酷か話を禿と振袖新造に聞きんしたよ。お母さん。汚れの下のわっちに良く似た顔を、実はご存知だったのではありんせんかぇ? 」
女将は空とぼけた。
「確かに、拵えをこさえたときには、瓜二つで息を呑んだけどね。一回こっきりの無罪放免の約束だ。鏡がいいなら、それでいいじゃないか。」
「どなたか知りんせんけれど、御親戚と言う方が山ほどお礼を言ってこなたの指輪(いびがね)に細工した大きな金剛石(ダイアモンド)を置いていかれんした。涙ながらにきっと、ぱらいぞ(天国)に行けたでありんしょう、最期に美しい夢を見させていただきました、とおっしゃって。」
鏡は動転しながらも、事切れた武器商人の亡骸の手を組ませ、胸に十字架を置いていたらしい。医師が呼ばれ、寿命が尽きたと聞かされた身内は、崩れた指が組まれているのにひどく驚き感動していた。
望みどおり丸山一の千歳花魁と同衾して、夢の中で死んだ紅毛人の身内は、東の小さな国の遊女の心づくしに感謝し、わざわざ長崎奉行を通じて礼を言うため、今宵千歳花魁を呼び出したらしい。千歳も、女将に話を聞きやっと話しのつじつまがあったようだった。
「これが金剛石かい。これは又、豪儀なことだよぉ。」
珍しい異国の宝石が、きらきらと光を弾いた。金剛石がどれほど高価なものか、花魁も女将も知っていた。
だが、そんな光る石よりも千歳は、行方のわからなくなったたった一人の弟が、気がかりだった。おそらく、動転してしまった鏡は、どうしていいかわからず闇雲に辺りを駆け回ったのに違いなかった。
「・・・鏡がいなくなりんしたら、どうしんしょう。死んだおっ母さんに、合わせる顔がありんせん・・・あの子は目の前で、異人さんに死なれてさぞ驚いたでありんしょう。可哀想に。 」
花魁は華の風情で、崩れるようにほろと泣いた。
「どこへ行ってしまいんしたのでありんしょう。行く所など、どこにもないはずなのに。鏡・・・。 」
さすがの女将も不憫に思って、つい千歳花魁の背中を優しくさすった。悲嘆に暮れていれば、誰でもつい手を伸ばし優しく慰めてやりたくなる。
当代一の千歳花魁は、そこに居るだけで存在が「華」となる。
(*/д\*) 鏡:「喧嘩ばやめてくれんね~~~え~ん・・・」
Σ( ̄口 ̄*)二人:「鏡・・・」
.+:。(*-ω-)(-ω-*)゚.+:。二人:「喧嘩なんてしてないよ、仲よしだからね。ねー。」
(つд・。 ) 鏡:「ほんと・・・ね?」
ヽ(゚∀゚)人(゚∀゚)ノ二人:「ほら!こんなに仲よし!ねっ!」
(*⌒▽⌒*)♪鏡:「よかったと~」
(ノд-。) 此花:「いい子じゃね~か・・・」←作者~~~
柏手もポチもありがとうございます。
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コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
「・・・なんでもないんだ、鏡。」
「仕事の話で、揉めただけだから。良くあることなんだよ。」
鏡は何とか笑おうと務めていたが、叶わず嗚咽が漏れた。この子は自分が原因で何かが起こっていると悟ったようだった。
良いことが、長く続かないのはいつものこと・・・。
とうにわかっていた。
辛いときに親切にしてくれたカピタンと、絶体絶命の窮地から救ってくれた新さんが、自分の事で喧嘩をするのが辛かった。
手をついて、鏡は深く頭を下げた。
「喧嘩ば、やめてくれんね。あしはもう、帰っとけん・・・ぼちぼち、仕事のたまっておるけん・・・」
汚れを洗って、涙の出る場所まで綺麗になってしまったのだろうか。こんなに涙もろいはずではなかったのに・・・鏡はひくとしゃくりあげた。
本当は、この優しい人たちと別れたくなかった。
「なんか(長い)間、お世話になったと。新さん、送ってくれんね・・・。」
口を覆って伏せたまま、とうとう顔が上げられなくなってしまった。セマノは傍に寄り、鏡を抱いた。甘い涙を舐めとってやる。
それは鏡の見た、夢の光景だった。
「時分の花・・・か。」
シンが小さく呟いた。
*******
その頃。
水月楼では、阿蘭陀屋敷から帰宅した千歳花魁が、女将に迫っていた。自室に届いた贈り物にも覚えはない。禿を捕まえて、女将の思惑を知った。
「お母さん。一体、鏡に何をしたんでありんすか? どこへ行ったのか、影も形も見えないようでありんすが。」
返事に窮した女将は、咄嗟に鏡が望んだことだと方便を並べ立てた。
「あたしはね、花魁。何の床あしらいも知らない、男衆見習いに何が出来るのかって、聞いたんだよ。そうしたらあの子は、姉しゃまが自由になれるなら、自分はどうなってもいいからお客様の所へやってくださいって言うから。」
千歳花魁の瓜実の美しい顔が、曇った。
確かに、鏡の言いそうなことだった。
花魁と男衆見習いが言葉をかわしてはいけないと聞けば、遠目に眺めることは有っても、本当に見つめるだけで何も言わなくなった弟だった。
「あの子を、わっちの代わりに床入りさせたと、酷か話を禿と振袖新造に聞きんしたよ。お母さん。汚れの下のわっちに良く似た顔を、実はご存知だったのではありんせんかぇ? 」
女将は空とぼけた。
「確かに、拵えをこさえたときには、瓜二つで息を呑んだけどね。一回こっきりの無罪放免の約束だ。鏡がいいなら、それでいいじゃないか。」
「どなたか知りんせんけれど、御親戚と言う方が山ほどお礼を言ってこなたの指輪(いびがね)に細工した大きな金剛石(ダイアモンド)を置いていかれんした。涙ながらにきっと、ぱらいぞ(天国)に行けたでありんしょう、最期に美しい夢を見させていただきました、とおっしゃって。」
鏡は動転しながらも、事切れた武器商人の亡骸の手を組ませ、胸に十字架を置いていたらしい。医師が呼ばれ、寿命が尽きたと聞かされた身内は、崩れた指が組まれているのにひどく驚き感動していた。
望みどおり丸山一の千歳花魁と同衾して、夢の中で死んだ紅毛人の身内は、東の小さな国の遊女の心づくしに感謝し、わざわざ長崎奉行を通じて礼を言うため、今宵千歳花魁を呼び出したらしい。千歳も、女将に話を聞きやっと話しのつじつまがあったようだった。
「これが金剛石かい。これは又、豪儀なことだよぉ。」
珍しい異国の宝石が、きらきらと光を弾いた。金剛石がどれほど高価なものか、花魁も女将も知っていた。
だが、そんな光る石よりも千歳は、行方のわからなくなったたった一人の弟が、気がかりだった。おそらく、動転してしまった鏡は、どうしていいかわからず闇雲に辺りを駆け回ったのに違いなかった。
「・・・鏡がいなくなりんしたら、どうしんしょう。死んだおっ母さんに、合わせる顔がありんせん・・・あの子は目の前で、異人さんに死なれてさぞ驚いたでありんしょう。可哀想に。 」
花魁は華の風情で、崩れるようにほろと泣いた。
「どこへ行ってしまいんしたのでありんしょう。行く所など、どこにもないはずなのに。鏡・・・。 」
さすがの女将も不憫に思って、つい千歳花魁の背中を優しくさすった。悲嘆に暮れていれば、誰でもつい手を伸ばし優しく慰めてやりたくなる。
当代一の千歳花魁は、そこに居るだけで存在が「華」となる。
(*/д\*) 鏡:「喧嘩ばやめてくれんね~~~え~ん・・・」
Σ( ̄口 ̄*)二人:「鏡・・・」
.+:。(*-ω-)(-ω-*)゚.+:。二人:「喧嘩なんてしてないよ、仲よしだからね。ねー。」
(つд・。 ) 鏡:「ほんと・・・ね?」
ヽ(゚∀゚)人(゚∀゚)ノ二人:「ほら!こんなに仲よし!ねっ!」
(*⌒▽⌒*)♪鏡:「よかったと~」
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