びいどろ時舟 24
白い建物の林立する未来世界で、鏡は何も知らず眠っていた。
そっと優しく髪に触れると、ふと気が付いて顔を上げた。鏡の丸い目が、じっとセマノを捉えていた。
見上げるセマノの顔に張り付いた微笑が、どこか悲しげに見えて鏡は不思議そうに問う。
「かぴたんさん・・・?どっか、痛かの?」
「なんでもないよ。それよりね、鏡はずうっとカピタンの側に居たい?ぼくの側に、居たいと思う・・・?」
鏡がセマノに返事をする前に、シンが割って入った。
「さあ、千歳花魁が心配しているといけない。遅くなる前に水月楼へ帰ろう、鏡坊。」
手を取って立たせた。
「歩けるかい?」
そんな風にこれまで心配してもらったことのない鏡は、どこか困ったような曖昧な表情で頷いた。
「ん。なんでんなか・・・。」
セマノとシンのどこかちぐはぐな態度に、顔色を覗うように代わる代わる見つめ黙りこくってしまった。自分が原因で、まだ仲直り出来ていないと思っていた。
「さあ、鏡。・・・ちょっと、ちくっとするけど、我慢できるかな?」
「なんばすっと・・・?」
「いい子だから、じっとしておいで。」
襟元をくつろげて、指先が細い鎖骨の真ん中の窪みを探る。
「セマノッ!止めろ!鏡から手を放せ!」
大きな怒声に、反射的に鏡が身をすくめて縮み上がった。
「止めるのは、君の方だ。大きな声を出すな。」
鏡は怯えて、気色ばんで対峙する二人からそっとはなれた。部屋の隅にある「びいどろのかめ」に気が付き近づいた。ほんの少しの隙間から、黒い髪が見えている。
又、誰かがこれに乗って、自分の様にかぴたんの元へ逃げてきたのかもしれないと思った。
ころ・・・と不安定な形が傾いて中身がこぼれた。
「あっ・・・!吉しゃんっ・・・!?」
「吉しゃーーんっ・・・!」
叫びのような声に気付いた、セマノとシンが一目で状況を理解し、「びいどろのかめ」に縋りつく鏡を引き剥がした。鏡に知られてはならなかった。
「あぁ、吉しゃんっ、なして、なしてっ・・・?」
見るなと、シンが手を引っ張るが、鏡は吉に取り縋った。
「かぴたんさん、新さん。吉しゃんは、死んでそうれん(葬式)ばしたとよ。なして、ここにおるとね?」
哀れな遺体は、ほんの少し土で汚れていたが、別れた時の粗末な夏の袷のままだった。青ざめて土気色をした吉の遺体は、ひどくよそよそしく見えた。
「ああ・・・吉しゃん、白か着物も着せてもらえんで。可哀想に・・・」
自分のためには泣かないが、弛緩した吉の冷たい遺体を抱きしめて、声を上げた。硬直が解けて吉の身体が流れた。
「吉しゃん、助けれんでごめんね、ごめんねぇ。一人でさびしゅうて、あしを追って来たとね。」
止まらぬ涙が、固い床に転がり、吸われず溜まってゆく。ただ一人の理解者を失ったとき涙は凍りついていたが、今は不思議と泣けた。
あの日。
使い古しの、粗末な棺桶に放り込まれた吉が、寺に運ばれてゆくとき、鏡は何も言えずに見送ったぱんと瞠ったように大きな目に、最後の姿を焼き付けて涙も零さず別れを告げたはずだった。
抱き合って眠ると少しは寒さもしのげ、本当の野良犬の子どものように丸くなって、お腹をすかせた子犬達は寄り添って生きてきたのだ。
見送ったはずの吉が、自分を追ってびいどろのかめに入ったと、信じてしまった鏡にどんな言葉も通用しなかった。
困り果てたセマノが言葉を探していた時、その手から注射器を取り上げたシンが、鏡の鎖骨の上辺りに見当をつけてとんと打ち込んだ。
「新・・・さん・・・?」
傷ついた細胞に抗生物質が一気に流れて行き、一瞬のうちにぼうっと視界が霞むと、意識を失う鏡の手が空をかいた。
「吉しゃ・・・吉しゃあぁんっ・・・!どこにも、いかんでぇ!」
胸の痛くなる涙に、二人は思わず声をなくして、固唾を飲んだ。
だが処置を急がないと、だらりと筋肉の緩んだ小さな遺体は、思ったよりも痛みが早かった。
「さあ、鏡坊。これから、吉坊をお墓に入れてやるからね?」
意識を失った鏡が、床に倒れる前に抱き取ったシンが言う。
「セマノ。これでいいか?こうしたかったんだろう?」
「馬鹿な・・・何故、君が・・・こんなこと・・・」
唖然としたセマノの腕に、吉を手渡した。
「すべきことは沢山ある。早く写し取らないと崩れて行くぞ。記憶の方は、事によると、もう遅いかもしれないな。急いだ方が良い。」
「わかった。すぐに凍結しよう。鏡を頼む。」
データベースに有る、吉の情報は数少ないが、遺体となった吉から得る情報は多い。
瞬時に数ミリごとに切断された、肉体の情報が上がってくる。
標本複製の作業は、素早く行使された。
(´・ω・`) 鏡:「こいから、どうなると・・・?」
(`・ω・´)シン:「ちっさいことは気にするな!」
Σ( ̄口 ̄*)セマノ:「…歴史変わったらどうしよう~・・・」←小心者
柏手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
そっと優しく髪に触れると、ふと気が付いて顔を上げた。鏡の丸い目が、じっとセマノを捉えていた。
見上げるセマノの顔に張り付いた微笑が、どこか悲しげに見えて鏡は不思議そうに問う。
「かぴたんさん・・・?どっか、痛かの?」
「なんでもないよ。それよりね、鏡はずうっとカピタンの側に居たい?ぼくの側に、居たいと思う・・・?」
鏡がセマノに返事をする前に、シンが割って入った。
「さあ、千歳花魁が心配しているといけない。遅くなる前に水月楼へ帰ろう、鏡坊。」
手を取って立たせた。
「歩けるかい?」
そんな風にこれまで心配してもらったことのない鏡は、どこか困ったような曖昧な表情で頷いた。
「ん。なんでんなか・・・。」
セマノとシンのどこかちぐはぐな態度に、顔色を覗うように代わる代わる見つめ黙りこくってしまった。自分が原因で、まだ仲直り出来ていないと思っていた。
「さあ、鏡。・・・ちょっと、ちくっとするけど、我慢できるかな?」
「なんばすっと・・・?」
「いい子だから、じっとしておいで。」
襟元をくつろげて、指先が細い鎖骨の真ん中の窪みを探る。
「セマノッ!止めろ!鏡から手を放せ!」
大きな怒声に、反射的に鏡が身をすくめて縮み上がった。
「止めるのは、君の方だ。大きな声を出すな。」
鏡は怯えて、気色ばんで対峙する二人からそっとはなれた。部屋の隅にある「びいどろのかめ」に気が付き近づいた。ほんの少しの隙間から、黒い髪が見えている。
又、誰かがこれに乗って、自分の様にかぴたんの元へ逃げてきたのかもしれないと思った。
ころ・・・と不安定な形が傾いて中身がこぼれた。
「あっ・・・!吉しゃんっ・・・!?」
「吉しゃーーんっ・・・!」
叫びのような声に気付いた、セマノとシンが一目で状況を理解し、「びいどろのかめ」に縋りつく鏡を引き剥がした。鏡に知られてはならなかった。
「あぁ、吉しゃんっ、なして、なしてっ・・・?」
見るなと、シンが手を引っ張るが、鏡は吉に取り縋った。
「かぴたんさん、新さん。吉しゃんは、死んでそうれん(葬式)ばしたとよ。なして、ここにおるとね?」
哀れな遺体は、ほんの少し土で汚れていたが、別れた時の粗末な夏の袷のままだった。青ざめて土気色をした吉の遺体は、ひどくよそよそしく見えた。
「ああ・・・吉しゃん、白か着物も着せてもらえんで。可哀想に・・・」
自分のためには泣かないが、弛緩した吉の冷たい遺体を抱きしめて、声を上げた。硬直が解けて吉の身体が流れた。
「吉しゃん、助けれんでごめんね、ごめんねぇ。一人でさびしゅうて、あしを追って来たとね。」
止まらぬ涙が、固い床に転がり、吸われず溜まってゆく。ただ一人の理解者を失ったとき涙は凍りついていたが、今は不思議と泣けた。
あの日。
使い古しの、粗末な棺桶に放り込まれた吉が、寺に運ばれてゆくとき、鏡は何も言えずに見送ったぱんと瞠ったように大きな目に、最後の姿を焼き付けて涙も零さず別れを告げたはずだった。
抱き合って眠ると少しは寒さもしのげ、本当の野良犬の子どものように丸くなって、お腹をすかせた子犬達は寄り添って生きてきたのだ。
見送ったはずの吉が、自分を追ってびいどろのかめに入ったと、信じてしまった鏡にどんな言葉も通用しなかった。
困り果てたセマノが言葉を探していた時、その手から注射器を取り上げたシンが、鏡の鎖骨の上辺りに見当をつけてとんと打ち込んだ。
「新・・・さん・・・?」
傷ついた細胞に抗生物質が一気に流れて行き、一瞬のうちにぼうっと視界が霞むと、意識を失う鏡の手が空をかいた。
「吉しゃ・・・吉しゃあぁんっ・・・!どこにも、いかんでぇ!」
胸の痛くなる涙に、二人は思わず声をなくして、固唾を飲んだ。
だが処置を急がないと、だらりと筋肉の緩んだ小さな遺体は、思ったよりも痛みが早かった。
「さあ、鏡坊。これから、吉坊をお墓に入れてやるからね?」
意識を失った鏡が、床に倒れる前に抱き取ったシンが言う。
「セマノ。これでいいか?こうしたかったんだろう?」
「馬鹿な・・・何故、君が・・・こんなこと・・・」
唖然としたセマノの腕に、吉を手渡した。
「すべきことは沢山ある。早く写し取らないと崩れて行くぞ。記憶の方は、事によると、もう遅いかもしれないな。急いだ方が良い。」
「わかった。すぐに凍結しよう。鏡を頼む。」
データベースに有る、吉の情報は数少ないが、遺体となった吉から得る情報は多い。
瞬時に数ミリごとに切断された、肉体の情報が上がってくる。
標本複製の作業は、素早く行使された。
(´・ω・`) 鏡:「こいから、どうなると・・・?」
(`・ω・´)シン:「ちっさいことは気にするな!」
Σ( ̄口 ̄*)セマノ:「…歴史変わったらどうしよう~・・・」←小心者
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