びいどろ時舟 25
吉という少年のデータは、この当時の平均的な混血児のものと変わらない。
骨密度は老人並みに低く脚気の気があり、長年の栄養失調で目も悪かった。
おそらく、これでは鳥のように夜目も利かないだろうと思われた。
皮膚の油分もなく、あかぎれが酷かった。
たった一個の饅頭を手にとったばかりに、寒空に水を掛けられた挙句、一昼夜晒された唐人の混血児の吉はあっけなく急性肺炎で命を失った。
凍りついた袷が、朝日を浴びて輝く氷柱のようだった。
中国人の父は国許に帰り、母は悲しみの中で血を吐いたから、吉は生まれながらに保菌者だったのだと思う。
ログが今わの際の立体映像を結んでいた。
切れ切れに、意識を失う前の吉の見た映像が結ばれた。
シンもセマノも、息を詰めて見つめていた。
満天の星が、視界いっぱいに広がって歪み、そのまま暗転した。
伸ばした腕が、掴もうとした瞼の裏の残像以上の、情報は必要なかった。
暗黙のうちに時空の管理人と、情報の管理人はログを止め、見るのを止めた。
こんな風に命を落とす子どもは、不思議なことに、いつも最期手を伸ばし、もういない父母の温もりを求める。
吉は苦しみしか与えなかった、薄情な父親の幸せを祈り、とうの昔に亡くなった母の面影を慕い続けた。
本能ともいうべき肉親への思慕は、一見すると深い憎悪に見えることもある。
だが、憎むと言いながら感情は結局、表裏に過ぎなかった。
過酷な環境に自分を置き、残されて一人母親を怨みながら生きていても、最期は母を呼んで死んでゆく子供達。
分かりきった結末は、いつも管理官達を刹那的にさせた。
手を貸せば、助けられる。わかっていながらそのぎりぎりで何度も踏みとどまって、時空は管理されていた。甘い感傷などは、仕事の妨げにしかならない。
「これが表にばれると、君は時舟に二度と乗船できなくなるな。」
腕の中に眠る、廓の少年は着替えさせられて、下穿きまで全てここにきたときの格好になっていた。
以前、過去に手を出した事のあるセマノが、再び同じ過ちを繰り返したなら、いずれ辺境惑星への流刑罪になるだろうとシンは宣言した。
きつい言葉の裏で、シンにはセマノの取る行動が薄々分かっていた。しかも、今回ばかりは止められない自分にも、苛立っていた。
一度罪を犯したセマノに二度目の機会はない。執行猶予中に事を起こせば、刑が速やかに履行されるだけの事だ。
孤独の闇をひたと見つめる鏡の黒曜石の眼に、二人して捕まったのだと思った。
「ぼくは初犯だし、もし上にばれたとしても、打つ手はまだあると思うんだ。」
データベースはその時々の、出来事を送って来ている。
鏡が天神様付近で行方不明になり、姉の千歳が倒れたと短い報告が流れる。
時間を空けずに、阿蘭陀商館長の交代も告げられた。
いよいよ時間が差し迫って、二人は顔を見合わせた。
この状況をうまく乗り切りさえすれば、データベースの内容改ざんの罪には問われない。
歴史を変えないで鏡の病気を治すには、このタイミングで鏡を移送するしかなかった。
データベースには、鏡の日本での所在が数年後に消えることになっていると数行の記録があるだけだった。
そっと肩に担ぎ上げると、シンは移送装置には入れずに、鏡と共に時舟で戻るとセマノに告げた。
柏手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
骨密度は老人並みに低く脚気の気があり、長年の栄養失調で目も悪かった。
おそらく、これでは鳥のように夜目も利かないだろうと思われた。
皮膚の油分もなく、あかぎれが酷かった。
たった一個の饅頭を手にとったばかりに、寒空に水を掛けられた挙句、一昼夜晒された唐人の混血児の吉はあっけなく急性肺炎で命を失った。
凍りついた袷が、朝日を浴びて輝く氷柱のようだった。
中国人の父は国許に帰り、母は悲しみの中で血を吐いたから、吉は生まれながらに保菌者だったのだと思う。
ログが今わの際の立体映像を結んでいた。
切れ切れに、意識を失う前の吉の見た映像が結ばれた。
シンもセマノも、息を詰めて見つめていた。
満天の星が、視界いっぱいに広がって歪み、そのまま暗転した。
伸ばした腕が、掴もうとした瞼の裏の残像以上の、情報は必要なかった。
暗黙のうちに時空の管理人と、情報の管理人はログを止め、見るのを止めた。
こんな風に命を落とす子どもは、不思議なことに、いつも最期手を伸ばし、もういない父母の温もりを求める。
吉は苦しみしか与えなかった、薄情な父親の幸せを祈り、とうの昔に亡くなった母の面影を慕い続けた。
本能ともいうべき肉親への思慕は、一見すると深い憎悪に見えることもある。
だが、憎むと言いながら感情は結局、表裏に過ぎなかった。
過酷な環境に自分を置き、残されて一人母親を怨みながら生きていても、最期は母を呼んで死んでゆく子供達。
分かりきった結末は、いつも管理官達を刹那的にさせた。
手を貸せば、助けられる。わかっていながらそのぎりぎりで何度も踏みとどまって、時空は管理されていた。甘い感傷などは、仕事の妨げにしかならない。
「これが表にばれると、君は時舟に二度と乗船できなくなるな。」
腕の中に眠る、廓の少年は着替えさせられて、下穿きまで全てここにきたときの格好になっていた。
以前、過去に手を出した事のあるセマノが、再び同じ過ちを繰り返したなら、いずれ辺境惑星への流刑罪になるだろうとシンは宣言した。
きつい言葉の裏で、シンにはセマノの取る行動が薄々分かっていた。しかも、今回ばかりは止められない自分にも、苛立っていた。
一度罪を犯したセマノに二度目の機会はない。執行猶予中に事を起こせば、刑が速やかに履行されるだけの事だ。
孤独の闇をひたと見つめる鏡の黒曜石の眼に、二人して捕まったのだと思った。
「ぼくは初犯だし、もし上にばれたとしても、打つ手はまだあると思うんだ。」
データベースはその時々の、出来事を送って来ている。
鏡が天神様付近で行方不明になり、姉の千歳が倒れたと短い報告が流れる。
時間を空けずに、阿蘭陀商館長の交代も告げられた。
いよいよ時間が差し迫って、二人は顔を見合わせた。
この状況をうまく乗り切りさえすれば、データベースの内容改ざんの罪には問われない。
歴史を変えないで鏡の病気を治すには、このタイミングで鏡を移送するしかなかった。
データベースには、鏡の日本での所在が数年後に消えることになっていると数行の記録があるだけだった。
そっと肩に担ぎ上げると、シンは移送装置には入れずに、鏡と共に時舟で戻るとセマノに告げた。
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