最愛アンドロイドAU 12
すぐに荷物を解こうとして、音羽はソファに掛ける兄の姿に驚いた。
「兄さん。な、何で、ここに……?」
「よう、音羽、久しぶりだな。そろそろ来るだろうと思って待っていたよ。おれの結婚式以来だから、7年ぶりになるか。」
「良かった。すぐに会いに行こうと思っていたんだ。大事な話がある。」
「何でここに居るのかという質問か?それなら、デリンジャー博士に音羽が来るとメールを貰った。畑違いだが、友人でね。釣り仲間なんだ。」
兄の飄々とした顔を見て、音羽の顔からざっと音を立てたかと思うほど、勢いよく血の気が引いた。冷静な音羽が、兄の胸ぐらをつかんで揺すった。
「……あっくんを返せ!」
「はっ?あっくん?なんだそれ。」
「……アンドロイドAUだ。モニターしろって、送りつけてきただろう。」
「なんだ、AUに名前までつけたのか。……つか、玩具を取り上げられた子供みたいだな、おまえ。落ち着けよ。あんな出来損ないセクスドールのどこがいいんだ……」
「ふざけるなーーっ!」
見事にパンチはヒットして、数年ぶりに会った兄は、挨拶を交わす前に部屋の片隅に吹っ飛んだ。
「いいか?昔から勉強一筋の俺は、そういう冗談が一番嫌いなんだ。あっくんはセクスドールなんかじゃない。れっきとした感情を持った人間だった。兄貴がロボットの研究をしてるから、すんでのところでころっとだまされるところだったがな、これ以上言い訳をする気なら、もう一発殴らせてもらう。」
「ま、待てって……。医者のくせに凶暴なやつだな。馬鹿力め。」
口の端が切れて鉄の味が広がり、音矢はぷっと唾を吐く。こうなった時の音羽は、誰にも止められないと兄の音矢はしっている。機嫌を取るように「まあ、坐れよ。」と音矢は笑顔を向けた。
「あっくん以外の話は聞かないぞ。」
「いいから、座れって。昔さ、近所に外人の……つか日系人の一家がしばらく住んでたことがあっただろう?覚えているか?」
「なんだ……?ああ、上田さんとかいう名前だった?そういえば、爺さん以外は白人にしか見えなかったけど、れっきとした日系人だったな。金髪碧眼のすごい美貌の兄貴と、そばかすだらけの似ても似つかない年の離れた薄毛のガキがいたね。発育不良で、いつもぴいぴい泣いてたのを覚えてるよ。」
「そうそう。可哀そうなくらい酷い御面相だったよな。曾々爺さんが日本人で、後はドイツ、アメリカ、スウェーデン、ギリシャもだっけ。何か、混じってる国を数えたら8か国とか言って、家族みんな美形なのにたった一人、気の毒なほどみすぼらしかった。」
「思い出したぞ。近所であの子は貰われてきた子供に違いないって、噂になって……確か、井戸端会議を盗み聞きした、酒屋の三ちゃんの弟が本人に向かって「お前、どっかから貰われてきた子なんだろう。兄貴に、なんも似てねぇのな。」って散々、いじめて泣かしたんだよ。あの時、たまたま公園でそこに出くわして、連れて帰ったんだった。」
「おまえ、そこで慰めてやったんだろう?なんて声を掛けたか覚えてる?」
「血がつながってるんだからさ、いつかきっと兄ちゃんみたいに美人になるよ。醜いあひるの子だって、綺麗な白鳥になっただろ……?」
音矢は、音羽の余りの記憶力の良さと、台詞に大爆笑していた。
子どもの頃は、幼稚園の先生に「一度覚えたことは忘れない秋月兄弟」と呼ばれていたほど、二人の記憶力は確かだった。兄弟そろって伊達に医者になったわけではない。
「で?それが何?」
「それが何って……いや、おまえの初恋は、そのみにくいあひるの年の離れた綺麗な金髪の兄ちゃんだったなって話だよ。」
音羽はぷつりと、口を閉じた。
音矢の言うとおりだった。
隣りに越してきた端整な青年に、中学に入ったばかりの音羽は一目で惹かれ恋をした。性別も国籍も関係ない、華やかな姿は手も出せない大輪の白薔薇のようで、音羽は物陰からそっと眺めてため息を吐くばかりだったのだ。高校を卒業する寸前まで、音羽の片恋は続いた。
いつか見知らぬ黒髪の青年が影のように付き従うようになり、二人は時々、家の外で人目を忍んでキスをしていた。
二つの影が一つに重なって伸びてきたのを、学校帰りの音羽はじっと見つめていたことがある。ほんの少し顔をずらした青年と目が合って音羽はその場でモアイ像になった。
ただ一度だけ、恋人の胸の中から音羽に向けられた艶然とした微笑が、忘れえぬ恋の思い出になった。
■あっくんの美貌のおにいちゃんです。これは、惚れるわ~
画像は、はちみつ工房主催、ねむりこひめ画伯にお借りいたしました。
無断転載、お持ち帰りはご遠慮ください。
(〃ー〃) 音羽:「きれいだったな~、あの人。」
(。'-')(。,_,)ウンウン 音矢:「あれから、おまえ金髪碧眼に弱くなったんだよな。」
( *`ω´) 音羽:「うるさいやい。あっくんとは、関係ないぞ。」
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