最愛アンドロイドＡＵ １７ 【最終話】
手術の日の朝。
あっくんとオスカル……隣でそう呼ぶと、ルシガという恋人が青筋を立てて怒るのだが、もうすっかり音羽の中ではそんな名前になっていた。
「違う～！って言ってるだろう。全く、物覚えの悪い医者だな。こんなやつに可愛い弟をくれてやるのか、厚一郎。考え直した方が良いぞ。」
オスカルは愛おしい黒髪のアンドレに手を伸ばし、束の間の別れを告げた。
「ルシガ。オスカルは……最愛のアンドレより後から……死ぬ……んだ。今の僕たちには、縁起のいい名前だろう……？きっと帰ってくるから、待って……いて。長い間、禁欲させてしまったけど……手術が終わったら愛してくれ。腰も立たなくなるほど。」
「ああ……、太陽が黄色く見えるほどね。行っておいで。新しく生まれ変わる為に。」
キスを交わし、消えてゆく寝台の上から手を振ってオスカルが消えた時、ルシガの虚勢は簡単に崩れた。その場に膝を突き、音羽に向かって妙な姿勢の土下座をした。どうやら、膝を折ることには慣れていないらしい。
「ルシガ……？」
「秋月先生。この通り頼む。頼むから、おれの全てをくれてやるから、あいつをもう一度おれの元に帰してくれ。おれがいないと厚一郎が生きていけないんじゃないんだ。あいつがいないと、おれが……駄目になるんだ。だから……。」
「全力を尽くすよ、ルシガ。オスカルと言うのは、恋人のアンドレとは光と影なんだ。互いに必要なのはわかっているよ。共にいないとね。」
「ああ、無事に返してくれるなら、おれはアンドレと呼ばれようが、オンドレと罵られようと、喜んで返事をするよ。二人をよろしく頼む。」
音羽は、オンドレとラスカル…とつぶやいて、吹きそうになり耐えた。
あっくんは信頼しきった目を向け、音羽を見つめていた。
「今度、目を覚ましたら、一番に音羽に会える……？」
「勿論。アンドロイドＡＵを起動させる方法を知っているのは、僕だけだからね。」
「音羽。あっくんは……未来に行ってきます。」
音羽が１０まで数えた時、あっくんは手を握ったまま深い眠りに落ちた。
長い長い手術が始まる……。
熟練の麻酔医が、手術の開始を告げた。
デリンジャー博士の合図で手術室は緊迫した空気に変わる。
それからドナーとレシピエントは、１３時間余りの長時間の手術に耐えた。
手術に耐えうるぎりぎりの体力しか残っていないと思われたオスカルも持ちこたえたし、あっくんの肝臓を取り出した音羽は思わず「頑張れ。」と臓器に向かって声を掛けた。
汚れの無い美しい肝臓が、悪魔に魅入られた醜い肝臓と入れ替わる。
幾つもの血管をつなぎ、経験がものを言う目視できない場所の縫合も、音羽はやり遂げた。
音羽の器用な指先に、周囲から思わず讃嘆の声が漏れる。
白い肝臓がオスカルの腹部に収められ、止められた血流が開始されると、さっと花が咲くように薔薇色に変わった。
この瞬間を待っていた。
「よし！成功だ！」
博士がマスクの下で笑って、指を立てて見せた。
「完璧だ。音羽。」
３５パーセントを失ったあっくんの肝臓は、これからほどなく再生を始める。予断は許さないが執刀チームの雰囲気は和やかだった。
＊＊＊＊＊＊＊
一つだけ言うなら、生体肝移植手術がうまくいったからと言って、全てがハッピーエンドになるわけではない。
オスカルはこれからも、ずっと襲い来る合併症と向き合わなければならないだろうし、病院と縁が切れることはないと思う。
それでも……。
それでも……、二組の恋人たちは、それぞれ恋人と過ごす未来を手に入れた。
集中治療室で麻酔が切れたあっくんは、薄く目を開けた。
傍らに音羽がいるのを認めて、ほんの少し口角を上げて笑って見せた。
「あっくん。お帰り。」
音羽は薄い胸に手を当てて、アンドロイドＡＵの鼓動を確かめた。
「あっくん。愛してる……。」
最愛アンドロイドＡＵは、音羽の声に安心して再び眠りについた。
アンドロイドは、薔薇色の夢を見ていた。
うまれたてのひよこみたいな薄い黄色の髪をかき混ぜて、高校生くらいの少年がまだ幼い少年に笑いかける。
胸に張り付いて泣く、みっともない子供をあやしながら、欲しい言葉を降らせてくれた。
「ずっと待ってたよ。綺麗になったね。あっくん。」
やっと、会えた……
……日本に住む、優しいおにいちゃん……
会いたかった……
最愛アンドロイドＡＵが、再起動を始めた。
最愛アンドロイドＡＵ ―完―
拍手もポチもありがとうございます。
感想、コメントもお待ちしております。
ランキングに参加していますので、よろしくお願いします。 此花咲耶
あっくんとオスカル……隣でそう呼ぶと、ルシガという恋人が青筋を立てて怒るのだが、もうすっかり音羽の中ではそんな名前になっていた。
「違う～！って言ってるだろう。全く、物覚えの悪い医者だな。こんなやつに可愛い弟をくれてやるのか、厚一郎。考え直した方が良いぞ。」
オスカルは愛おしい黒髪のアンドレに手を伸ばし、束の間の別れを告げた。
「ルシガ。オスカルは……最愛のアンドレより後から……死ぬ……んだ。今の僕たちには、縁起のいい名前だろう……？きっと帰ってくるから、待って……いて。長い間、禁欲させてしまったけど……手術が終わったら愛してくれ。腰も立たなくなるほど。」
「ああ……、太陽が黄色く見えるほどね。行っておいで。新しく生まれ変わる為に。」
キスを交わし、消えてゆく寝台の上から手を振ってオスカルが消えた時、ルシガの虚勢は簡単に崩れた。その場に膝を突き、音羽に向かって妙な姿勢の土下座をした。どうやら、膝を折ることには慣れていないらしい。
「ルシガ……？」
「秋月先生。この通り頼む。頼むから、おれの全てをくれてやるから、あいつをもう一度おれの元に帰してくれ。おれがいないと厚一郎が生きていけないんじゃないんだ。あいつがいないと、おれが……駄目になるんだ。だから……。」
「全力を尽くすよ、ルシガ。オスカルと言うのは、恋人のアンドレとは光と影なんだ。互いに必要なのはわかっているよ。共にいないとね。」
「ああ、無事に返してくれるなら、おれはアンドレと呼ばれようが、オンドレと罵られようと、喜んで返事をするよ。二人をよろしく頼む。」
音羽は、オンドレとラスカル…とつぶやいて、吹きそうになり耐えた。
あっくんは信頼しきった目を向け、音羽を見つめていた。
「今度、目を覚ましたら、一番に音羽に会える……？」
「勿論。アンドロイドＡＵを起動させる方法を知っているのは、僕だけだからね。」
「音羽。あっくんは……未来に行ってきます。」
音羽が１０まで数えた時、あっくんは手を握ったまま深い眠りに落ちた。
長い長い手術が始まる……。
熟練の麻酔医が、手術の開始を告げた。
デリンジャー博士の合図で手術室は緊迫した空気に変わる。
それからドナーとレシピエントは、１３時間余りの長時間の手術に耐えた。
手術に耐えうるぎりぎりの体力しか残っていないと思われたオスカルも持ちこたえたし、あっくんの肝臓を取り出した音羽は思わず「頑張れ。」と臓器に向かって声を掛けた。
汚れの無い美しい肝臓が、悪魔に魅入られた醜い肝臓と入れ替わる。
幾つもの血管をつなぎ、経験がものを言う目視できない場所の縫合も、音羽はやり遂げた。
音羽の器用な指先に、周囲から思わず讃嘆の声が漏れる。
白い肝臓がオスカルの腹部に収められ、止められた血流が開始されると、さっと花が咲くように薔薇色に変わった。
この瞬間を待っていた。
「よし！成功だ！」
博士がマスクの下で笑って、指を立てて見せた。
「完璧だ。音羽。」
３５パーセントを失ったあっくんの肝臓は、これからほどなく再生を始める。予断は許さないが執刀チームの雰囲気は和やかだった。
＊＊＊＊＊＊＊
一つだけ言うなら、生体肝移植手術がうまくいったからと言って、全てがハッピーエンドになるわけではない。
オスカルはこれからも、ずっと襲い来る合併症と向き合わなければならないだろうし、病院と縁が切れることはないと思う。
それでも……。
それでも……、二組の恋人たちは、それぞれ恋人と過ごす未来を手に入れた。
集中治療室で麻酔が切れたあっくんは、薄く目を開けた。
傍らに音羽がいるのを認めて、ほんの少し口角を上げて笑って見せた。
「あっくん。お帰り。」
音羽は薄い胸に手を当てて、アンドロイドＡＵの鼓動を確かめた。
「あっくん。愛してる……。」
最愛アンドロイドＡＵは、音羽の声に安心して再び眠りについた。
アンドロイドは、薔薇色の夢を見ていた。
うまれたてのひよこみたいな薄い黄色の髪をかき混ぜて、高校生くらいの少年がまだ幼い少年に笑いかける。
胸に張り付いて泣く、みっともない子供をあやしながら、欲しい言葉を降らせてくれた。
「ずっと待ってたよ。綺麗になったね。あっくん。」
やっと、会えた……
……日本に住む、優しいおにいちゃん……
会いたかった……
最愛アンドロイドＡＵが、再起動を始めた。
最愛アンドロイドＡＵ ―完―
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