最愛アンドロイドAU 14
手当てを尽くし、移植手術が最終手段だとしても、簡単に手術というわけにはいかない。脳死患者からの移植には、驚くほどたくさんの待機患者がいたし、その順番を待つうちに果たせぬ希望に絶望したまま儚くなるものも多い。
残された唯一の道は、生体肝移植という事になる。しかし、一口に移植といっても適合条件は多く、手術に至るにはいくつもの高い壁があった。
デリンジャー博士が、カルテをデータ化したものを事前に送付してくれていたから、機内で目を通すことができレシピエントの今の状態は、大方理解できていた。少しでも早く移植手術をした方が良いと、音羽も博士と同じ見解を持った。
博士は病室に入ろうとする音羽に向けて、いたずらっ子のようにウインクを送ってきた。
「何ですか?」
「Mr.アキヅキ。イタリアのフィレンツェに行ったことがあるかね?ウフィツィ美術館のボッチチェルリの「ヴィーナスの誕生」と言う有名な絵画があってね……。きっと、驚くと思うよ。そっくりなんだ。」
音羽はヴィーナスという単語に、はっとした。
「ヴィーナス……?ええ、好きな絵の一つです。それは、患者に似ているという事ですか?でも確か、患者は男性ですよね?」
「ああ。二人ともとても美しい兄弟だよ。ドナーになる弟の方は、二十二歳で世界中を飛び回っているモデルだそうだ。最初にドナーとして目の前に現れた時は、驚きのあまり年甲斐もなく息を呑んだ。あれは、言うなれば奇跡の存在だね。初めてモルフォ蝶を間近で見たときのように、言葉を失ったよ。」
引っ越して行ったとき、チビのあの子はまだ8歳くらいだった。生まれたてのひよこみたいにほわほわした少ない髪の毛しか生えてなくて、みっともなかった。
顔中そばかすだらけで、アトピーで関節は象の皮膚みたいに硬くなって血がにじんでいた。
音羽は脳内で、目だけは宝石みたいに輝いていた、みにくいあひるの子の成長した姿を思い浮かべてみたがうまく想像できなかった。
「博士。レシピエントとドナーの名前は?……もしかすると、彼らはわたしの知人かもしれません。確か長い間、原発性の肝臓病の治療をしていたはずです。」
「ああ。難病で治療法がなかったからね。脳死肝移植よりも定着率が良いという事で、兄弟間での移植に踏み切ることにしたんだ。日系4世で「ウエダ」という名前だ。」
「ウエダ……上田。そうか……、オスカル、大変だったんだな……。」
年齢を確かめたら、自分より二歳年上で符号があった。このドアの向こうにあっくんがいるのだろうか。高まる期待と興奮に、音羽の胸が跳ねた。
果たして、ぐったりとベッドに横になったのは音羽よりも幾つか上の兄の方だった。力なく視線が、音羽と博士に向けられた。
「オスカル……。」
思わず、懐かしいあだ名が口を付いて出た。
「違~う。彼はそんな名前ではない。日本人は、金髪と黒髪が並ぶといつもその名を口にする。彼は上田厚一郎、わたしの名は、ルシガだ。」
背後からアンドレが語気を荒げて否定する。こちらも変わりはなかったが、看病疲れだろうか。少しやつれて見えた。
「そうでしたね、上田さんでした。日本から来た秋月音羽です。デリンジャー博士と共に執刀チームに入らせていただきます。」
「……知って……る。医者になったことも……、肝臓専門医になったことも……あいつに……聞いた……か、ら。頼んだんだ……。」
少しずつ呼吸を整えながら手を差出し、握手を求めた。美貌の男装の麗人は長い闘病にやつれ、少し黄疸の出た顔すら凄絶に美しかったが、それは花が散る寸前の命の輝きにも見えた。
細い手を握り締め、音羽は全力で移植手術に向かうと決意を述べた。
「詳しい話は博士からも、すでにお聞きでしょうが、リスクを乗り越えて共に頑張りましょう。全力を尽くします。上田さん。」
アンドレに上体を預けオスカルは、あの日と変わらぬ角度で微笑んで見せた。
「厚志には……もう、逢った?Mr.」
「……?ドナーですか?いえ、名前だけはカルテで……え、厚志?……厚志……。」
音羽の脳内で最後のパズルがはめられ、数式は完成した。
アンドロイドAU→アンドロイド厚志上田。厚志→あっくん。ばんざ~い!
「上田厚志か!あっくん―――!」
病室内ではお静かにと、通りすがりの看護師が声を掛けに覗くほど素っ頓狂な声で音羽は叫んだ。思わずオスカル……上田厚一郎の薄い肩を掴んだ。
「頼む。オスカル!あっくんに会わせてくれ。」
「もう一度、その名で呼んだら殴るぞ。病人を揺するな!」
「……あっくんって、厚志……の事?」
「そうだよ!やっと、ここまでたどり着いた。あっくん!」
隣りの部屋から、ひぃっくと、聞き覚えのある細い嗚咽が聞こえた。
付添い用の部屋で、きっとあっくんは会話を聞いて居たに違いない。
デリンジャー博士も、オスカル……上田厚一郎も、ルシガもそっちのけで音羽はカーテンを開けた。
「……あっくん!!」
Σ( ̄口 ̄*)音羽:「あ、あっくん!?」
(´;ω;`) あっくん:「……あう~……。」
(ノ_・。) オスカル:「良かったな、厚志。」
( ゚д゚ ) ルシガ:「ご、ご都合主義……?」
ヾ(。`Д´。)ノ 此花:「う、うるさいわ~~!」←痛いところを……。
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