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最愛アンドロイドAU 15 

付添い用のベッドに浅く腰掛けて、あっくんは音羽に顔を向け泣きぬれていた。
深く澄んだ海の色にも似た、濃い緑の瞳が涙で溺れそうになっていた。
音羽を見るなり、小さく頭を振ってあっくんは脇をすり抜け、その場から逃げ出そうとする。音羽はあっくんを難なく捕まえ、やっと思うさま抱き締めた。
どこかにぽかりと空いた喪失の感覚が、あっという間に満たされてゆくのを感じた。ほんの短い時間関わっただけなのに、とうに運命の半身だと気づいていた。

「あっくん……。やっと見つけた。会いたかった……。愛してる。」

「……あぁ……。」

あっくん、上田厚志は、音羽の言葉を聞き、その場にくたりと崩れ落ちてしまった。やっとの思いで諦めようとした大好きな音羽が、自分を求めてこの場にいるのが信じられなかった。
勿論、あっくんも決して諦めたりはできなかったのだけど……。

「愛しているは、おまじないの言葉だね。あっくん。力が抜けちゃった?」

音羽の言葉は、優しい。

「ど、どうして……?もう、逢えないと思って居たのに……。おにいちゃん……。あっくんは、優しかったお兄ちゃんに一目だけ会いたかったから、思い切って東京に行きました。約束通り、綺麗になったから……みんなが綺麗だって言ってくれるようになったから、会いに行けたの……。大学で秋月博士に会って話をするうちに、だったら会わせてあげるよって言って下さいました。」

「うん。あのほわほわのひよこ頭が、あっくんだったんだな。驚いたよ、本当に見違えたよ。あっくんは、みにくいあひるの子だったんだな。すごく……すごく綺麗になったね。」

大人になったみにくいあひるの子は、やっと大好きな人の胸に抱かれて幸せの涙を流しました。めでたし、めでたし……。
じゃなく。

「あっくん、ロボットとかに興味があったのか?兄貴が教鞭を取ってたのって、ロボット工学だろう?」

「はい。ロボットの研究はとても楽しかったです。でも……、たくさんお金が必要だったので卒業後企業に勤めると同時に、モデル事務所に登録したんです。そのうち、モデルの仕事がたくさん入ってくるようになって……、有名なデザイナーが気に入ってくださったのが幸運でした。」

音羽はあっくんを連れ出し、自分の部屋へと誘った。

「手術のお金が必要だったんだね。世間のことに疎くて、雑誌も何も見ないから知らなかったよ。でもね、どうして、最初に言ってくれなかったんだ?初めに会ったときに、ちゃんと名乗ってくれたら思い出したのに。思い出すのにずいぶん長くかかってしまったよ……。」

返事はなかったが、想像はついた。移植にかかる手術費用は、恐ろしいほど高額だった。

「あっくん。短かったけど、楽しい毎日だったね。」

「はい。最後にとても幸せな思い出ができました。ぼくは、子供の頃生きてゆくのが嫌になるほどのコンプレックスを抱えていましたけど、優しいおにいちゃんが気休めに掛けてくれた言葉が支えでした。」

「そう……?」

「秋月博士が……ぼくが、おにいちゃんに似ていたから気付いて……偶然だったのだと思うけど、音羽が30歳を回っても結婚しないんだよって……教えてくれました。あいつは昔、隣に住んでいた金髪に恋していて、いまだに引きずっているって言うから……。少しは、チャンスがあるかなって。嘘をついて……ごめんなさい。」

うるうるとした瞳がぎゅっと切なく閉じられて、あっくんはとうとう顔を覆ってしまった。

「怒ってないよ。どうせ、兄貴が面白がって色々と、仕掛けたんだろう?いや、腹を立てたというよりね、あっくんがいなくなって、僕はすごく寂しかったんだよ。短い時間だったけど、僕はお手伝いロボット・アンドロイドAUに恋をしたんだよ。」

「何もできませんでした。料理も……洗濯も……掃除も……。」

「うん。お米は洗剤で洗っちゃいけなかったね。」

「はい。」

「新しく出してくれた歯磨き粉は、洗顔フォームだった。」

「はい。」

「茶筒に入っていたのは、乾物の干しひじきだったし、バスにはシャンプーだけが3本並んでいた。」

「……はい。」

「毎日、どんな失敗をやらかすのか楽しみだったよ。あっくん。最愛のアンドロイドだった。」

あっくんは音羽の胸にやっと飛び込み、二人は物語のように再会のキスをした。

「アンドロイドAU.ここに、こうして手を当てて起動させるんだったね。」

「……はい。……ご主人さま。声紋と指紋で認証します。」

そっと触れた滑らかな胸に手のひらを当てたら、アンドロイドはふるっと身震いをして起動した。腕を回して音羽の首に縋った。

「ご主人さ……。なんて、お呼びすればいいですか?」

「音羽だ。あっくん。」

人になったアンドロイドが、最愛の人を手に入れた。




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