わんことおひさまのふとん 2
そして、男前の父ちゃんが母ちゃんの元を去ってから、きっちり二か月と四日後、俺たち兄弟は生まれたんだ。
うんとチビの頃、温かい乳をくれながら母ちゃんは、どれだけ父ちゃんが格好良かったか、夢見るように語った。うっとりと父ちゃんの話をする母ちゃんは、初めて恋をした少女のようにどこかさみしい目をしていた。
きっと、愛しい父ちゃんに会いたいんだね、母ちゃん。
俺達は5匹生まれたけど、お屋敷の奥さまに大事にされたのは、運よく母ちゃんに良く似た一匹だけだった。
そいつだけは、お屋敷の奥様のお気に入りになって、白いレースのリボンを付けてもらって家の中に連れて行かれた。
野良の父ちゃんに良く似た、おれ達4匹は暖かい部屋の中には入れて貰えなかった。おれ達の家はお勝手の外にある「白菜」と書かれた段ボール箱の中だった。
お勝手の鉄の扉はきっちりと堅く閉じられて、おれ達がどれほど鳴いても開けられることはなかったんだ。
「かあちゃん、お腹が空いたよう~」
「え~ん。かあちゃん~。」
母ちゃんの必死の抗議で、ほんのしばらくの間だけ乳を貰うことができたけど、おれ達はまだチビだったから自分たちで餌を取ることもかなわない。ふかふかとした、母ちゃんの長い毛に包まれて眠りたかったけど、そんな叶わない夢よりもご飯の方が大切だった。
目が開いてからは、中々母ちゃんは来てくれなくなった。お屋敷の使用人がくれるほんの少しの汁かけ御飯に頭を突っ込んで、兄弟4人で分け合った。
でも、俺たちはちっぽけな小犬だったから、夜になると母ちゃんの温もりを求めて鳴いたんだ。仮住まいの段ボール箱の中で鼻を寄せ合ってきゅんきゅんと母ちゃんを呼んだ……。
「うっせぇな!」
怒声と共に段ボールが蹴られ、俺たちは怯えた。
そして、突然その時は来た。
ある夜、寝ている間に、仮住まいの家ごと俺たちはどこかへ持ち出され、捨てられた。
「かあちゃ~ん……おなかがすいたよう~」
「え~ん、かあちゃ~ん、おっぱいおくれよ~」
「かあちゃ~~ん……寒いよぉ~」
「かあちゃ~~ん……」
世間の風の冷たさに、溢れる涙……。
目が開いたばかりの俺たちは震えた。ふかふかとした、母ちゃんの長い白い毛に包まれて眠りたかった
渡世人(野良)の父ちゃんに似た俺たちは、容赦なく母ちゃんの飼い主に捨てられたのだ。
俺たちはくっつきあって一生懸命暖を取ろうとしたが、夜になるとどんどん温度は下がってきて骨まで凍えた。外には白い風花が舞っていた。
一番下の弟が、かあちゃ~ん……と一声哭いたきりモノを言わなくなった。
俺たちは、本能で自然淘汰を知っている。
一番弱い物から消えてゆくのが、悲しみよりも理屈抜きの「あたりまえ」だった。
静かに冷たくなった弟の、口の周りに付いたわずかな食べ残しさえ、俺たちが生きるには大切なものだったのだ。
ぺろぺろ舐めて、綺麗に毛づくろいしてやった弟のお腹は、ぺたんこだった。
目が覚めたら真っ暗で、いつも見える青い空がなかった。
何処にいるのかもわからなかった。
きっちりと、段ボール箱は目張りをされて、どこかに捨てられたらしい。
俺の兄弟は、確か4匹いたはずだったのに、誰も何も言わない。
「兄ちゃん~、兄ちゃん~」
暗がりで小さく呼んでみたけど、返事をするものは誰もいない。俺以外の兄弟は、もしかするともう駄目になったのかもしれない。
兄ちゃん~、母ちゃん~と何度も呼ぶ俺の声は段々力なく細くなっていった。俺もみんなと同じところに行くのかな……。
「か……あちゃ……ん……。」
*****
カサ……と、どこかで乾いた音がする。
急に暗闇に陽が射して来て、眩しくて目を細めた。小さな四角い空がまぶしかった。
逆光の中、大きな誰かが俺を抱きあげた。
「やっと、見つけた~!」
「夜通しきゅんきゅん泣いてたの、おまえ達だったんだな。」
「可哀想になあ。夕べは声を頼りに捜したけど、どこにいるか分からなかったんだ。他の奴はもう駄目みたいだな。夕べは寒かったからなぁ。せめて、箱のふたが開いてればよかったのになぁ……。」
誰かが鼻の頭をつんつんとつつく。
浅い河原の凍りついたところへ、俺たちは入れられた段ボールごと捨てられていたみたいだった。中州にあったから箱が濡れる前に、少しは流されたのかもしれないと、そいつは言った。
「段ボールが沈んでしまわないで良かったよ。」
段ボール箱には水が染み込み、芯から体が冷えていた。
「おいで。……あはは、すっごく腹ぺこみたいだな。」
目の前に来たいい匂いの指先をちゅっちゅっと吸った。
どうして、俺には「本能」があるんだろう。どうして、俺にはいろいろとわかってしまうんだろう。
こいつはいいやつだと、匂いがささやく。付いて行っても大丈夫だ。
きっと、ご飯をくれる。
俺はきゅんきゅんと鳴きながら、そいつの腕の中に鼻先を埋めた。
かなりがんばって加筆改稿しました。
お読みいただければうれしいです。
もしよろしければ、ご意見ご感想お待ちしております。 此花咲耶
うんとチビの頃、温かい乳をくれながら母ちゃんは、どれだけ父ちゃんが格好良かったか、夢見るように語った。うっとりと父ちゃんの話をする母ちゃんは、初めて恋をした少女のようにどこかさみしい目をしていた。
きっと、愛しい父ちゃんに会いたいんだね、母ちゃん。
俺達は5匹生まれたけど、お屋敷の奥さまに大事にされたのは、運よく母ちゃんに良く似た一匹だけだった。
そいつだけは、お屋敷の奥様のお気に入りになって、白いレースのリボンを付けてもらって家の中に連れて行かれた。
野良の父ちゃんに良く似た、おれ達4匹は暖かい部屋の中には入れて貰えなかった。おれ達の家はお勝手の外にある「白菜」と書かれた段ボール箱の中だった。
お勝手の鉄の扉はきっちりと堅く閉じられて、おれ達がどれほど鳴いても開けられることはなかったんだ。
「かあちゃん、お腹が空いたよう~」
「え~ん。かあちゃん~。」
母ちゃんの必死の抗議で、ほんのしばらくの間だけ乳を貰うことができたけど、おれ達はまだチビだったから自分たちで餌を取ることもかなわない。ふかふかとした、母ちゃんの長い毛に包まれて眠りたかったけど、そんな叶わない夢よりもご飯の方が大切だった。
目が開いてからは、中々母ちゃんは来てくれなくなった。お屋敷の使用人がくれるほんの少しの汁かけ御飯に頭を突っ込んで、兄弟4人で分け合った。
でも、俺たちはちっぽけな小犬だったから、夜になると母ちゃんの温もりを求めて鳴いたんだ。仮住まいの段ボール箱の中で鼻を寄せ合ってきゅんきゅんと母ちゃんを呼んだ……。
「うっせぇな!」
怒声と共に段ボールが蹴られ、俺たちは怯えた。
そして、突然その時は来た。
ある夜、寝ている間に、仮住まいの家ごと俺たちはどこかへ持ち出され、捨てられた。
「かあちゃ~ん……おなかがすいたよう~」
「え~ん、かあちゃ~ん、おっぱいおくれよ~」
「かあちゃ~~ん……寒いよぉ~」
「かあちゃ~~ん……」
世間の風の冷たさに、溢れる涙……。
目が開いたばかりの俺たちは震えた。ふかふかとした、母ちゃんの長い白い毛に包まれて眠りたかった
渡世人(野良)の父ちゃんに似た俺たちは、容赦なく母ちゃんの飼い主に捨てられたのだ。
俺たちはくっつきあって一生懸命暖を取ろうとしたが、夜になるとどんどん温度は下がってきて骨まで凍えた。外には白い風花が舞っていた。
一番下の弟が、かあちゃ~ん……と一声哭いたきりモノを言わなくなった。
俺たちは、本能で自然淘汰を知っている。
一番弱い物から消えてゆくのが、悲しみよりも理屈抜きの「あたりまえ」だった。
静かに冷たくなった弟の、口の周りに付いたわずかな食べ残しさえ、俺たちが生きるには大切なものだったのだ。
ぺろぺろ舐めて、綺麗に毛づくろいしてやった弟のお腹は、ぺたんこだった。
目が覚めたら真っ暗で、いつも見える青い空がなかった。
何処にいるのかもわからなかった。
きっちりと、段ボール箱は目張りをされて、どこかに捨てられたらしい。
俺の兄弟は、確か4匹いたはずだったのに、誰も何も言わない。
「兄ちゃん~、兄ちゃん~」
暗がりで小さく呼んでみたけど、返事をするものは誰もいない。俺以外の兄弟は、もしかするともう駄目になったのかもしれない。
兄ちゃん~、母ちゃん~と何度も呼ぶ俺の声は段々力なく細くなっていった。俺もみんなと同じところに行くのかな……。
「か……あちゃ……ん……。」
*****
カサ……と、どこかで乾いた音がする。
急に暗闇に陽が射して来て、眩しくて目を細めた。小さな四角い空がまぶしかった。
逆光の中、大きな誰かが俺を抱きあげた。
「やっと、見つけた~!」
「夜通しきゅんきゅん泣いてたの、おまえ達だったんだな。」
「可哀想になあ。夕べは声を頼りに捜したけど、どこにいるか分からなかったんだ。他の奴はもう駄目みたいだな。夕べは寒かったからなぁ。せめて、箱のふたが開いてればよかったのになぁ……。」
誰かが鼻の頭をつんつんとつつく。
浅い河原の凍りついたところへ、俺たちは入れられた段ボールごと捨てられていたみたいだった。中州にあったから箱が濡れる前に、少しは流されたのかもしれないと、そいつは言った。
「段ボールが沈んでしまわないで良かったよ。」
段ボール箱には水が染み込み、芯から体が冷えていた。
「おいで。……あはは、すっごく腹ぺこみたいだな。」
目の前に来たいい匂いの指先をちゅっちゅっと吸った。
どうして、俺には「本能」があるんだろう。どうして、俺にはいろいろとわかってしまうんだろう。
こいつはいいやつだと、匂いがささやく。付いて行っても大丈夫だ。
きっと、ご飯をくれる。
俺はきゅんきゅんと鳴きながら、そいつの腕の中に鼻先を埋めた。
かなりがんばって加筆改稿しました。
お読みいただければうれしいです。
もしよろしければ、ご意見ご感想お待ちしております。 此花咲耶
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