わんことおひさまのふとん 3
「おまえ、一匹になっちまったんだなぁ……かわいそうに。」
お皿に頭を突っ込んで、一生懸命乳を舐める俺の頭をそいつは撫でた。
母ちゃんと違う乳の匂いだったけど、甘い匂いを嗅ぐと、ちょっとだけ安心して涙が出た。
母ちゃんとは、もう二度と会えないと「本能」が覚悟を教えてくれた。
俺には、もう誰もいないんだ。
俺は兄弟も父ちゃんも母ちゃんも居ない子になったんだ。世間の荒海に投げ出されて俺は一人で生きてゆく。
涙ぐんだ俺を、拾ってくれたそいつは温かい手で撫でてくれた。
世間の冷たさに怯えた俺は、愛を求めて必死に哭いた。
「おいで。」
「俺と一緒に暮らそう。」
母ちゃんと父ちゃんは運命の出会いをした。
そしてこれが、俺の運命の出会いだった。
*****
俺を拾った人は、大学生だった。
名前は葉山夏輝(はやまなつき)と言った。
ほんとうは動物を飼ってはいけない厳しい掟のあるおんぼろアパートで、葉山夏輝は大家さんに必死にかけあって居場所を作ってくれた。
「うちは、由緒あるマンションだからね、生き物は全てお断りだよ。」
確かに由緒はありすぎて、築35年のアパートは西側に少し傾いている。
俺の飼い主は、俺を手放さないで済むよう必死に思いつく限りの交換条件を出した。
「大家さん。外階段の手すり、確かペンキ屋入れて塗り替えするんですよね。」
「そうなの、見積もり出してもらったら20万だって。冗談じゃないわよ。足場が必要になったら別途料金だそうだよ。」
「大変っすね。こいつ、飼わせてくれるんなら、俺やってもいいですよ。工業高校だったから、道具さえ揃えば大抵の事できますよ。あと、雨樋の外れてるのも直しておきます。」
「あら……。ペンキ塗れるの?」
「お安いご用です。」
腕を組んで、しばしの間大家さんは躊躇していた。何しろ、由緒が正しすぎて修理個所は山ほどあったから気持ちは揺れた。
「仔犬を部屋で飼うのは、3か月。あとは、外で飼うこと。」
「わかりました。犬小屋も、廃材で作ります。」
「この子は…おや、男の子だね。」
『きゃあっ!』
ひっくり返されて、俺はばたばたその場で泳いだようになり、夏輝は俺を抱きしめて大喜びだった。
「良かったなぁ!ナイト。大家さんが、飼ってもいいってさ!」
ナイトというのは、夏輝が付けた俺の名前だ。
俺は、本当は「文太」とか「健」とか「哲也」が良かったんだけど、文句を言うのはやめにした。
一宿一飯の恩義は大きいのだ。
夜に鳴いてたから、ナイトだなと夏輝は言ってたけど、俺はそれからもう少し経ってこの名前には違う意味があると知る。
俺は、いつか夏輝の「騎士」になる。
俺を抱えた夏輝の指を俺はちゅっちゅっと、懸命に吸った。
「あ、こいつまた吸ってる。…まあ、仕方ないか、まだ母ちゃんのおっぱい恋しいよな。」
「うん。かあちゃん…かあちゃん…かあちゃ~ん…。」
俺はどうしようもないほど、ちっぽけな小犬だった。
俺を拾ってご飯をくれる飼い主、夏輝の指が俺は大好きだった。
母ちゃんの豪華なリビングの窓から西日が射して、生まれたばかりの小犬たちのお昼ね用のおふとんはいつも暖かなお日さまの匂いがした。
失くしてしまった、俺の大切なおひさまのおふとん。
葉山夏輝は、俺の新しい「おひさまのおふとん」になった。
▼・ェ・▼ かあちゃん~
本日もお読みいただきうれしいです。(*⌒▽⌒*)♪
ご意見ご感想お待ちしております。 此花咲耶
お皿に頭を突っ込んで、一生懸命乳を舐める俺の頭をそいつは撫でた。
母ちゃんと違う乳の匂いだったけど、甘い匂いを嗅ぐと、ちょっとだけ安心して涙が出た。
母ちゃんとは、もう二度と会えないと「本能」が覚悟を教えてくれた。
俺には、もう誰もいないんだ。
俺は兄弟も父ちゃんも母ちゃんも居ない子になったんだ。世間の荒海に投げ出されて俺は一人で生きてゆく。
涙ぐんだ俺を、拾ってくれたそいつは温かい手で撫でてくれた。
世間の冷たさに怯えた俺は、愛を求めて必死に哭いた。
「おいで。」
「俺と一緒に暮らそう。」
母ちゃんと父ちゃんは運命の出会いをした。
そしてこれが、俺の運命の出会いだった。
*****
俺を拾った人は、大学生だった。
名前は葉山夏輝(はやまなつき)と言った。
ほんとうは動物を飼ってはいけない厳しい掟のあるおんぼろアパートで、葉山夏輝は大家さんに必死にかけあって居場所を作ってくれた。
「うちは、由緒あるマンションだからね、生き物は全てお断りだよ。」
確かに由緒はありすぎて、築35年のアパートは西側に少し傾いている。
俺の飼い主は、俺を手放さないで済むよう必死に思いつく限りの交換条件を出した。
「大家さん。外階段の手すり、確かペンキ屋入れて塗り替えするんですよね。」
「そうなの、見積もり出してもらったら20万だって。冗談じゃないわよ。足場が必要になったら別途料金だそうだよ。」
「大変っすね。こいつ、飼わせてくれるんなら、俺やってもいいですよ。工業高校だったから、道具さえ揃えば大抵の事できますよ。あと、雨樋の外れてるのも直しておきます。」
「あら……。ペンキ塗れるの?」
「お安いご用です。」
腕を組んで、しばしの間大家さんは躊躇していた。何しろ、由緒が正しすぎて修理個所は山ほどあったから気持ちは揺れた。
「仔犬を部屋で飼うのは、3か月。あとは、外で飼うこと。」
「わかりました。犬小屋も、廃材で作ります。」
「この子は…おや、男の子だね。」
『きゃあっ!』
ひっくり返されて、俺はばたばたその場で泳いだようになり、夏輝は俺を抱きしめて大喜びだった。
「良かったなぁ!ナイト。大家さんが、飼ってもいいってさ!」
ナイトというのは、夏輝が付けた俺の名前だ。
俺は、本当は「文太」とか「健」とか「哲也」が良かったんだけど、文句を言うのはやめにした。
一宿一飯の恩義は大きいのだ。
夜に鳴いてたから、ナイトだなと夏輝は言ってたけど、俺はそれからもう少し経ってこの名前には違う意味があると知る。
俺は、いつか夏輝の「騎士」になる。
俺を抱えた夏輝の指を俺はちゅっちゅっと、懸命に吸った。
「あ、こいつまた吸ってる。…まあ、仕方ないか、まだ母ちゃんのおっぱい恋しいよな。」
「うん。かあちゃん…かあちゃん…かあちゃ~ん…。」
俺はどうしようもないほど、ちっぽけな小犬だった。
俺を拾ってご飯をくれる飼い主、夏輝の指が俺は大好きだった。
母ちゃんの豪華なリビングの窓から西日が射して、生まれたばかりの小犬たちのお昼ね用のおふとんはいつも暖かなお日さまの匂いがした。
失くしてしまった、俺の大切なおひさまのおふとん。
葉山夏輝は、俺の新しい「おひさまのおふとん」になった。
▼・ェ・▼ かあちゃん~
本日もお読みいただきうれしいです。(*⌒▽⌒*)♪
ご意見ご感想お待ちしております。 此花咲耶
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