わんことおひさまのふとん 7
気が付いたとき、俺の手のひらに肉球はなかった。
俺のぷにぷにが大好きな夏輝。
ぷにぷにのないつるりとした俺の手を見たら、夏輝はどう思うだろう。
「お。気が付いたか?」
白狐さま……?……じゃない、誰か知らないおっさんの声がする。
「おめぇ、封印中の白狐に取り入るなんざ、チビのくせに要領の良い奴だな。ん?」
俺を覗き込んだのは、偉く迫力のあるおじさんだった。
俺の好きな任侠の匂いがぷんぷんする、苦み走った男の中の男という感じだった。
きりりとした眉は黒々とし、髪は角刈りで耳の上に二本、稲妻のように線を入れてある。石膏をのみで削ったような高い鼻梁の、涼しげな目許の男におれは思わず見惚れた。
「か、かっこいい……。」
「そうかい?この髪形は、震災刈りって言うんだぜ。」
俺も大人になったら、こんな髪形にしようと思った。
男はふっとニヒルに、口の端だけで笑った。
きっと、背中には獅子だの、龍だのの倶利迦羅紋紋が入っている気がする……って。
あ……、思い出した。俺、祠の白狐さまにお願いして人間にしてもらったんだった。
うんと子供になるかと思ったら、俺、人間になったら中学生くらいになっちゃった。
中身年齢ってやつかなぁ。俺、意外におませさん……?
「お前、名は何てんだ?」
「ナイト。」
「そうか、でっかくなったなぁ。母ちゃんのジョゼフィーヌは達者か?うん?」
「ジョゼフィーヌ……って。おじさん……?」
声は覚えていないけど、匂いに覚えがあった。そして何より俺の母ちゃんが、ジョゼフィーヌと知っていた。……というかさ……、その状態で会話してるっておかしくない?
白狐さまがおっさんの下に巻き込まれて、髪を乱しあんあん言ってた。
長く輝く髪を、まるで扇のように広げて、白く発光する肢体が中央で男とつながっているのが見えた。すげぇ……綺麗なの。
「あ……んっ、長次郎~~っ、おっきぃ~~っ!」
「こっ恥ずかしい感想はいいから。おまえは、黙って俺を感じていろ。」
白狐さまが思わず身もだえするような殺し文句を吐いて、男はぐいと腰を打ち付けた。
「ああぁ~~~んっ……んっ……んっ……長次郎~~っ!深い~っ!あん……あん……。」
俺はしつこいようだけど、一般的にはあくまでも乳離れも済んでない小犬なので、あんあん言っている白狐さまを無視して、子供らしく心の疑問をぶつけてみた。
「おじさん……名前、長次郎っていうの……?」
「ああ?さすらいの長次郎ってんだ。四国は阿波の狗神だ。」
「狗神……ってことは。俺……、俺……おじさんの……?」
優しいまなざしが、ふっと俺を包む。
白狐さまを組み敷いているのは、正真正銘、狗(いぬ)神だった。
白狐さまの呼ぶさすらいの長次郎という名前……俺はその名を知っていた。狗神にもきっと俺のことは分ったと思う。だって、俺たちには流れる血が心に教える「ほんのう」ってものがあるから。
長次郎は、深窓のお嬢様だった母ちゃん、ジョセフィーヌを手籠めにし、孕ませて逃げた薄情者の渡世人の名前だ。
豪奢なボビンレースのハンカチで、母ちゃんは時々涙を拭きながら、窓辺で薄情な恋しい人の名前を呟いていた。「長次郎さんに、会いたい……。長次郎さん……どこにいるの?」って、ぽろぽろと真珠のような涙が零れ落ちた。
……こいつが母ちゃんを捨てて逃げたせいで、俺は何匹もの兄弟を失ったのだ。
足元で冷たくなっていった、小さな躯のぺったんこのお腹を、俺は決して忘れない。
狗神は白狐さまに打ち付けていた凶暴なものを引き抜くと、まるで時代劇のお侍さんが人を切った後に、刀をぶんと振って血を払うように男前にちんこを振って、こちらに向き直った。ぬらと長大に輝く刀身が、こいつは只者じゃないと告げていた。
ランキングを外れているのにも関わらず、お運びいただきありがとうございます。
ご意見感想お待ちしております。 此花咲耶
俺のぷにぷにが大好きな夏輝。
ぷにぷにのないつるりとした俺の手を見たら、夏輝はどう思うだろう。
「お。気が付いたか?」
白狐さま……?……じゃない、誰か知らないおっさんの声がする。
「おめぇ、封印中の白狐に取り入るなんざ、チビのくせに要領の良い奴だな。ん?」
俺を覗き込んだのは、偉く迫力のあるおじさんだった。
俺の好きな任侠の匂いがぷんぷんする、苦み走った男の中の男という感じだった。
きりりとした眉は黒々とし、髪は角刈りで耳の上に二本、稲妻のように線を入れてある。石膏をのみで削ったような高い鼻梁の、涼しげな目許の男におれは思わず見惚れた。
「か、かっこいい……。」
「そうかい?この髪形は、震災刈りって言うんだぜ。」
俺も大人になったら、こんな髪形にしようと思った。
男はふっとニヒルに、口の端だけで笑った。
きっと、背中には獅子だの、龍だのの倶利迦羅紋紋が入っている気がする……って。
あ……、思い出した。俺、祠の白狐さまにお願いして人間にしてもらったんだった。
うんと子供になるかと思ったら、俺、人間になったら中学生くらいになっちゃった。
中身年齢ってやつかなぁ。俺、意外におませさん……?
「お前、名は何てんだ?」
「ナイト。」
「そうか、でっかくなったなぁ。母ちゃんのジョゼフィーヌは達者か?うん?」
「ジョゼフィーヌ……って。おじさん……?」
声は覚えていないけど、匂いに覚えがあった。そして何より俺の母ちゃんが、ジョゼフィーヌと知っていた。……というかさ……、その状態で会話してるっておかしくない?
白狐さまがおっさんの下に巻き込まれて、髪を乱しあんあん言ってた。
長く輝く髪を、まるで扇のように広げて、白く発光する肢体が中央で男とつながっているのが見えた。すげぇ……綺麗なの。
「あ……んっ、長次郎~~っ、おっきぃ~~っ!」
「こっ恥ずかしい感想はいいから。おまえは、黙って俺を感じていろ。」
白狐さまが思わず身もだえするような殺し文句を吐いて、男はぐいと腰を打ち付けた。
「ああぁ~~~んっ……んっ……んっ……長次郎~~っ!深い~っ!あん……あん……。」
俺はしつこいようだけど、一般的にはあくまでも乳離れも済んでない小犬なので、あんあん言っている白狐さまを無視して、子供らしく心の疑問をぶつけてみた。
「おじさん……名前、長次郎っていうの……?」
「ああ?さすらいの長次郎ってんだ。四国は阿波の狗神だ。」
「狗神……ってことは。俺……、俺……おじさんの……?」
優しいまなざしが、ふっと俺を包む。
白狐さまを組み敷いているのは、正真正銘、狗(いぬ)神だった。
白狐さまの呼ぶさすらいの長次郎という名前……俺はその名を知っていた。狗神にもきっと俺のことは分ったと思う。だって、俺たちには流れる血が心に教える「ほんのう」ってものがあるから。
長次郎は、深窓のお嬢様だった母ちゃん、ジョセフィーヌを手籠めにし、孕ませて逃げた薄情者の渡世人の名前だ。
豪奢なボビンレースのハンカチで、母ちゃんは時々涙を拭きながら、窓辺で薄情な恋しい人の名前を呟いていた。「長次郎さんに、会いたい……。長次郎さん……どこにいるの?」って、ぽろぽろと真珠のような涙が零れ落ちた。
……こいつが母ちゃんを捨てて逃げたせいで、俺は何匹もの兄弟を失ったのだ。
足元で冷たくなっていった、小さな躯のぺったんこのお腹を、俺は決して忘れない。
狗神は白狐さまに打ち付けていた凶暴なものを引き抜くと、まるで時代劇のお侍さんが人を切った後に、刀をぶんと振って血を払うように男前にちんこを振って、こちらに向き直った。ぬらと長大に輝く刀身が、こいつは只者じゃないと告げていた。
ランキングを外れているのにも関わらず、お運びいただきありがとうございます。
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