禎克君の恋人 11
手術中の赤いランプをじっと見つめ、立ちつくしていた。
ずっと傍に居たのに、なぜ異変に気付かなかったのだろう、何か予兆があったはずなのに……と、自分を責めていた。この町に来る仕事を入れたのに、かなり無理をしたと羽鳥に聞いていたから、醍醐が倒れたのは自分のせいのような気がしていた。
*****
「大二郎。さあちゃんに会えるぞ。良かったなぁ。」
「え?ほんとう……?」
「ほら。前に興行したホテルからのオファーだ。休みはなくなるが、せっかくだから入れたぞ。」
忙しいテレビの仕事の間に、二週間ほど空いたスケジュールがいつの間にか、地方公演で埋まっていた。
「お師匠さん。嬉しいけど、無理しない方が良いよ。空き時間が出来たんなら、少しは休まないと……。ここの所、ずっと働きづめじゃないか。もう三十路も半ばなんだし、年も考えないと。」
「こら、人を年より扱いするんじゃない。流し目若さま、柏木醍醐はファンの間では20代で通ってるんだからな。それに、こういう稼業は、いつ食えなくなるかもしれないんだから、稼げるときに稼いでおく。」
「20代?じゃあ、おれは?計算合わないぞ。」
「おまえは、年の離れた弟だ。(`・ω・´)」
「なんだよ、それ~。」
父はそう言って、自分のために無理をした。でなければ、東京近郊の仕事しか受けなかったはずだ。
*****
柏木醍醐の病名は「くも膜下出血」だった。大動脈瘤が裂けたために脳内出血を引き起こしたらしい。働き盛りに多い病気だった。
「羽鳥……。お師匠さんは、大丈夫かなぁ……。」
羽鳥は青ざめた顔を向け、無理やり笑顔を作り肯いた。
ただ一人の身内が倒れ、大二郎は心細さに潰れそうになっている。一緒に不安がるわけにはいかない。
「大丈夫に決まっている。座長が俺や大二郎を置いて逝くはずないんだ。それに、きっと彼岸の姐さんが、血相変えて追い返してくれる。可愛い大二郎を置いて来るんじゃないって。」
「そうかな。」
羽鳥は手を取ると、手術室前の待合の長椅子に大二郎を座らせた。
「大丈夫だ、大二郎。醍醐さんは、誰よりも強いから。お医者様も出血箇所は、手術しやすい個所だと言っていたんだ。」
「うん……。」
「いいか。それよりも、明日からも劇団醍醐は舞台を続けなきゃいけないんだ。そっちの方が大変だぞ、大二郎。来てくださるお客さまは、他の誰でもない柏木醍醐を見に来るんだ。醍醐さんがいなくても、十分楽しんで納得していただくような舞台にしなきゃいけない。わかるな。」
「わかってる。」
柏木醍醐の代わりは誰にも出来ない。それは大二郎自身が一番よくわかっていた。劇団醍醐は、柏木醍醐という屋台骨がいてこその一座だ。そのぐらついた屋台骨を支えるのは、息子の自分しかいないと良くわかっていたが重圧に押しつぶされそうだ。
「羽鳥。お師匠さんはお医者さまに任せて、おれは帰るよ。」
「大二郎?」
「今いる座員だけで何とかしなきゃ。お客さまには、お師匠さんが倒れたなんて言えない。踊りを増やして、芝居は忠太郎でいく。演者は少なくて済むし、おっ母さんの台詞はそんなに多くないから、お師匠さんでなくても大丈夫だ。」
「そうだな。舞台に穴をあけるわけにはいかないからな。そうするか。」
ぴりと張りつめた顔で、大二郎は羽鳥に、お師匠さんを頼むと言い残し病院を後にした。
「大二郎!」
「ん?何?」
「さあちゃんに会うために来たのにな。又、日延べだな。」
もう、会ったとは言えなかった。
それは、すれ違っただけのものだったけれど……。
「どうってことないよ。10年以上も待ったんだもの。向こうも、どうせ覚えてないと思うしさ。それよりも今は、明日の舞台の方が大事だよ。羽鳥はお師匠さんの事頼むね。」
「わかった。一座を頼む。」
肩をすくめて、大二郎は仕事場に戻った。
(`・ω・´) がんばれ!大二郎くん。
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