禎克君の恋人 6
その頃、禎克の留守にしている金剛家には、予期せぬ客が来ていた。
「お久しぶりでございます。」
まあ、醍醐さん……と言ったきり、母親は玄関先で固まっていた。
懐かしい柏木醍醐が、花の風情で深々と頭を下げた。
「大変ご無沙汰しておりました。旅から旅の稼業ゆえ、とんだ不調法をしております。」
その存在が華と煌めく、柏木醍醐の姿がそこにあった。さすがに以前のような紋付き袴ではなかったが、首からかけたダイヤのちりばめられた、大きな銀細工のアクセサリーといい、金刺繍の竜虎の入ったジャケットといい、その姿はとても…………個性的だった。
「ご活躍はテレビで、よく拝見しておりましたのよ。ほら、何年か前の大二郎くんと一緒の年末時代劇も、昨年の大河ドラマもちゃんと録画したりして。」
「左様でございましたか。それは、ありがとうございます。近くに来た時は是非ともご挨拶させていただくと言っておきながら、なかなか当地に縁が無く、早幾年(いくとせ)も流れてしまいました。」
時代がかった物言いは、相変わらずだった。
「本当に……もう、ずいぶん経ちましたね。でも、醍醐さんはまるでお変わりにならないのね。驚いてしまう。」
「いえいえ。若さだけが取り柄だったわたくしも、もう三十路も半ば近くでございますよ。奥さまこそ今も子持ちには見えません。」
「お上手ね~。」
端整な柏木醍醐にそう言われて、母は少女のように嬉しげに頬を染めた。
「あの……禎克が仲良くしていただいていた大二郎くんは、お元気かしら?あいにく、今は禎克は部活の合宿で、留守にしているのですけど。」
「そうですか……。坊ちゃんは、いらっしゃらないんですか……。実は愚息は、再会を楽しみにしていたくせに、土壇場になると会うのが気恥ずかしいと申しまして、表で待っているんです。」
そう言う醍醐も、酷くがっかりした風だった。この日を大二郎がどれだけ待っていたか、傍に居た醍醐は良く知っていた。ホテルから興行依頼が来た時、殆ど小躍りするようにして大二郎は喜んだのだ。
「大二郎!さあちゃんは留守だそうだ!」
表に声を掛けたら、ちょうど帰宅してきた湊が大二郎を捕まえて、話をしているところだった。
「あ。こんにちは。」
「おお……。これは見違えるような別嬪さんになったなぁ。やはり、この柏木醍醐の目利きは確かだった。……お嬢さんのお名前は、確か湊さん、だったかな。」
「えー?覚えていてくださったんですか?ずいぶん久しぶりなのに。」
醍醐はふっと笑う。
「商売柄、人の名前と顔は一度覚えたら、大抵忘れません。お客様を良い気持ちにして帰っていただく、商売というものはそういうものでございますから。」
「醍醐さんに名前を覚えていただいていたら、ファンの方はやっぱりうれしいでしょうね。湊も、いつかは女優さんになりたいと思っているので、今度からそうします。大二郎くんも、そうしているの?名前と顔って簡単に覚えられる?」
「何かコツがあるんだと思うよ。お師匠さんみたいに、お客さまを一度で覚えたいと思っているんだけど、なかなか難しいよ。湊は女優になりたいのか?」
「難しいだろうけど、そのつもり。今は勉強中なの。これでも演劇部の部長よ。あ、そうだ。せっかくだから、さあちゃんの写真見せてあげる。こっち来て。」
湊は大二郎の手を曳いて、家の中へ連れ込んでしまった。
大きくなっただけで、傍目には何の違和感もなく昔に戻ったようだ。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
拍手もポチもありがとうございます。励みになっています。
柏木醍醐のファッションセンスは、どうやらいまいちみたいです。うふふ~(*⌒▽⌒*)♪
( *`ω´) 醍醐 「なんだとぉ~!」 此花咲耶
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「お久しぶりでございます。」
まあ、醍醐さん……と言ったきり、母親は玄関先で固まっていた。
懐かしい柏木醍醐が、花の風情で深々と頭を下げた。
「大変ご無沙汰しておりました。旅から旅の稼業ゆえ、とんだ不調法をしております。」
その存在が華と煌めく、柏木醍醐の姿がそこにあった。さすがに以前のような紋付き袴ではなかったが、首からかけたダイヤのちりばめられた、大きな銀細工のアクセサリーといい、金刺繍の竜虎の入ったジャケットといい、その姿はとても…………個性的だった。
「ご活躍はテレビで、よく拝見しておりましたのよ。ほら、何年か前の大二郎くんと一緒の年末時代劇も、昨年の大河ドラマもちゃんと録画したりして。」
「左様でございましたか。それは、ありがとうございます。近くに来た時は是非ともご挨拶させていただくと言っておきながら、なかなか当地に縁が無く、早幾年(いくとせ)も流れてしまいました。」
時代がかった物言いは、相変わらずだった。
「本当に……もう、ずいぶん経ちましたね。でも、醍醐さんはまるでお変わりにならないのね。驚いてしまう。」
「いえいえ。若さだけが取り柄だったわたくしも、もう三十路も半ば近くでございますよ。奥さまこそ今も子持ちには見えません。」
「お上手ね~。」
端整な柏木醍醐にそう言われて、母は少女のように嬉しげに頬を染めた。
「あの……禎克が仲良くしていただいていた大二郎くんは、お元気かしら?あいにく、今は禎克は部活の合宿で、留守にしているのですけど。」
「そうですか……。坊ちゃんは、いらっしゃらないんですか……。実は愚息は、再会を楽しみにしていたくせに、土壇場になると会うのが気恥ずかしいと申しまして、表で待っているんです。」
そう言う醍醐も、酷くがっかりした風だった。この日を大二郎がどれだけ待っていたか、傍に居た醍醐は良く知っていた。ホテルから興行依頼が来た時、殆ど小躍りするようにして大二郎は喜んだのだ。
「大二郎!さあちゃんは留守だそうだ!」
表に声を掛けたら、ちょうど帰宅してきた湊が大二郎を捕まえて、話をしているところだった。
「あ。こんにちは。」
「おお……。これは見違えるような別嬪さんになったなぁ。やはり、この柏木醍醐の目利きは確かだった。……お嬢さんのお名前は、確か湊さん、だったかな。」
「えー?覚えていてくださったんですか?ずいぶん久しぶりなのに。」
醍醐はふっと笑う。
「商売柄、人の名前と顔は一度覚えたら、大抵忘れません。お客様を良い気持ちにして帰っていただく、商売というものはそういうものでございますから。」
「醍醐さんに名前を覚えていただいていたら、ファンの方はやっぱりうれしいでしょうね。湊も、いつかは女優さんになりたいと思っているので、今度からそうします。大二郎くんも、そうしているの?名前と顔って簡単に覚えられる?」
「何かコツがあるんだと思うよ。お師匠さんみたいに、お客さまを一度で覚えたいと思っているんだけど、なかなか難しいよ。湊は女優になりたいのか?」
「難しいだろうけど、そのつもり。今は勉強中なの。これでも演劇部の部長よ。あ、そうだ。せっかくだから、さあちゃんの写真見せてあげる。こっち来て。」
湊は大二郎の手を曳いて、家の中へ連れ込んでしまった。
大きくなっただけで、傍目には何の違和感もなく昔に戻ったようだ。
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