沢木淳也・最後の日 3
「隼。」
「あ、パパ。もうお仕事に行くの?」
「ああ。今夜からしばらく泊まりで忙しくなるからな。いい子にしてろよ。」
「ん~……パパ……さびしい?」
隼は父親の元に駆け寄ると、触れた大きな手に頬を擦り付けた。
「さびしいなぁ。隼は強いから大丈夫だけどな、パパは隼と離れると思うと、ここにどか~んと大きな穴が開いた気がするよ。隼は、パパが居なくても野獣がいるから平気だな?」
「うん。パパの帰りを周二くんのおうちで待ってるから。帰ったら、卵の入ったラーメン、作ってあげるね。」
沢木はひょいと隼を抱え上げて、いつものように抱きしめた。
「風呂使わせてもらったのか?良い匂いだな。」
「うん。松本さんがね、いい匂いのするお風呂用のローズオイルを買ってくれてた。つるつるたまごはだになぁれって。」
「そうか。ああ、「めのほよう」まだ、やってたんだよな。」
(注)『めのほよう』とは、隼の借金払いの事である。
虎の毛皮のカーペットにちびって汚してしまった隼は、放課後、自分の裸体を鑑賞してもらう『めのほよう』というアルバイトでクリーニング代金を少しずつ返済していた。全裸に手錠と首輪を付け寝台につながれる悩殺的な姿で返済に励む隼は、そうするのが漢(おとこ)のけじめだと信じて疑わない、とてつもなく残念な世間知らずであった。
「借金払いは、利子がかさんで大変なの。周二くんのおうちは893さんだから、利子が十日に一割のトイチなんだって。」
「悪徳高利貸しに借金するなんざ、大変だな、隼。」
「でも、どんなに厳しくても、自分の始末は自分でつけるのが漢(おとこ)だから。逃げ出すわけにはいかないの。(`・ω・´)」
沢木は笑いを何とかこらえた。
「そうだ、隼。松本さんに言って、パパにもグレープフルーツジュース貰ってきてくれるか?」
わかった~……と頷いて、パイルのガウンを翻した隼を見送って、沢木は周二に視線を移した。
「ここだけの話だ、猟奇殺人の標的は警察関係の子供なんだ。どういう訳か、内部情報が向こうにだだ漏れしてるとしか思えない状態だ。」
「だだ漏れって……内通者が?」
沢木は肯いた。
「警察が動くと同時に、ヤサを変えているとしか思えないんだ。しっぽが掴め(つかめ)ない。」
「隼は……おれがぜってぇ守ります。」
それだけで十分だった。
沢木は周二に最愛の息子を託した。
無意識に、周二の口角が上がる。
……つか。
最大のお邪魔虫が隼を預けて留守にするってことは~……?
あんなことも、こんなことも、思う存分やりたい放題じゃね?
周二の脳裏に最近仕入れた大人の玩具のパンフがざっと並んだ。そんな邪な考えが浮かんだ周二だったが、沢木の一瞥にざっと血が下がる。
「……言っとくが、卒業するまで「純愛路線」は守れよ。」
「も……勿論っす!」
「鬼の居ぬ間に何とやらって、思いっきり顔に書いてある気がするが……まあ、いい。」
隼の運んできたジュースをごくりと飲み干して、沢木は珍しく破顔した。
「隼。純愛の意味は分かるな?」
「好きな人の前でも、ぱんつ脱がない事。大丈夫。ぼくと周二くんはいつだって、清らかな純愛だもの。ね~?」
「……お、おうっ。」
ばかやろう。
おかげで俺は年がら年中、妄想に取りつかれまくりだっつ~の。
今だって、そのガウンの下には何も穿いてないってわかってるから、超やばいってのに。
「じゃな。」
「行ってらっしゃい!パパ」
(二度と顔見せるな、くそ親父。)
手を振っていつものように笑顔で見送った隼は、扉が閉まると振り返り、周二の胸に顔をうずめた。
「周二くん……パパ、大丈夫だよね……」
「隼。」
丸い肩が震えている……きっと、敏感な隼は何かを感じ取っていると、周二は思う。
「泣くな、隼。」
ぽんぽんと周二は隼の背中を、あやすように軽く叩いた。
パパ沢木は、隼ちゃんを預けて現場へ向かいました。
早く帰ってくるといいね。
(´・ω・`) 「うん……。」←隼
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