沢木淳也・最後の日 11
「こんにちは。君が沢木隼くん?」
初対面の相手には、気軽に返事をしないように隼は周二に言われている。後ろに立つ周二の恐ろしいほどの気圧(オーラ)に、相手はたじろいだ。
「初めまして。沢木さんと一緒に働いている鹿島と言います。」
隼を訪ねて来た鹿島は、隼と周二に警察手帳を見せた。勿論、正真正銘の本物だ。
「パパの……同僚の人?」
「そうです。捜査が長引いて、心配しているだろうから、近くに用があるなら無事だと伝えてほしいと伝言を預かってきたんだ。」
「ありがとうございます。」
「独り暮らしって聞いてたけど、元気そうだね。安心したよ。」
鹿島はそう言うと、じゃねと軽く手を上げて部屋を出て行こうとしたが、入口で振り返った。
「そうだ。ねぇ、沢木隼君。お父さんに君の元気な声を聞かせてあげるって言うのはどうかな?捜査で使うボイスレコーダーを持っているんだ。」
「パパに?……周二くん。いい?」
周二は肯いた。同僚が隼の声を届ける位、どうってことはないだろう。何が有っても隼の傍には自分が居るのだから。それにきっと、隼はそうしたいはずだと思う。
小さなボイスレコーダーに向かって、隼は少し考え込み、やがて声を張り上げた。
「パパ、心配しないでね。ぼくはだいじょうぶ。木本さんが毎日おいしいお弁当を作ってくれています。お仕事がんばってね。」
「あの……これでいいですか?」
虚を突かれたような顔で鹿島は、受け取った。沢木とはまるで違うと思っているのだろうと周二は思う。隼を初めて知った者は、皆同じ反応をする。実際の年齢よりも、見た目と中身は酷く幼く見える。だが幼い子供の感性を持った隼に、成熟した大人の理性が宿るのを、その場に居た鹿島以外は知っている。
「そうだね。元気そうだったってお父さんに伝えておくよ。だけど想像してたのと違って、君は年の割に、ずいぶんと……」
鹿島にそれ以上言わせないように、周二は隼の前にずいと体を入れた。
「何か言いたそうだな。」
「い……や、失礼した。つい……」
「あんたに隼が幼く見えるのは、こいつが慣れない相手には緊張してうまく話ができないからだ。くそ親父に言っておいてくれ。隼はぜってぇ俺が守るからって。」
「わかったよ。君が隼君の騎士なんだね。君が傍に居るなら……何が有っても安心だね。」
周二はそれ以上何も言わず、相手を威嚇するようにねめつけていた。野獣の気圧(オーラ)がゆらと立ち上り、怖気た鹿島はそそくさと席を立つ。
「失礼するよ。捜査はまだしばらくかかりそうだから、沢木さんはもう少し帰れないと思うけど、心配しないでね。」
踵を返した鹿島に、隼は声を掛けた。
「鹿島さんっ。パパをお願いします。ぼくはお仕事のことはよくわからないけど、パパがぴりぴりしてたのは分かったし、きっと、とても大変だって思うから。だから……っ。無理しないでって、伝えてください。あの……鹿島さんも気を付けてください。」
「大丈夫。君のパパを誰も傷付けたりできないよ。すごく優しくて強い人だからね。僕は君がとても羨ましいよ。本当にパパの事、大好きなんだね。それに、僕の心配までしてくれて、ありがとう。」
「は……い。」
隼にはそれ以上何も言葉が出て来ず、ぺこりと頭を下げた。
「隼。もうあいつ、行っちまったぞ。」
「周二くん。あの人、きっとパパの事好きだよ。」
「そうか?おれにはそんな風に見えなかったけどなぁ。蜥蜴みたいな冷たい面してたじゃねぇか。」
「ううん。沢木さんって言った時、顔が優しくなったよ。ぼく、ちょっと安心した。安心したら……」
周二の腕の中で見上げる隼は、目を閉じて唇をとがらせて周二を待っていた。
半開きの桜色の唇が、濡れて光る。
もしかして、これがキス待ち顔ってやつですか……?くそぉ、そそるじゃねぇか。
「隼……。ほら、ちゃんとキスするぞ、こっち向け。」
「?……隼?」
「ぐ~……zzz……」
「寝るな、隼~~!!」
ものすごく怪しい人がやってきました。
うふふ~……鹿島の真意はどこに。
夜、眠れない隼ちゃんは、立ったまま眠ってしまいました。
(´・ω・`) 不憫……二人とも。
本日もお読みいただきありがとうございました。此花咲耶
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