沢木淳也・最後の日 12
約束の時間を過ぎても、鹿島が戻ってこない。
何度電話をかけても、つながらない。
「くそっ。鹿島の奴、何をやってるんだ。」
腹立ちまぎれに、沢木が何本目かの煙草を踏みつけた時、能天気な声がした。
「すみませんーーー!遅くなってしまって……」
息せき切って走って来た鹿島を、否応なく怒鳴りつけた。
「ばか野郎っ!何が有っても時間は守れ。おまえが遅れたせいで、犯人を取り逃がすことだってあるんだ。恋人に会ったからって浮かれるな。捜査中だぞ。」
「誤解を解くのに時間がかかってしまって……あの、沢木さんはとても素敵だから。」
「余計なことを言うな。何も出ねぇぞ。」
ぶっきらぼうにそう言って歩き出した沢木の跡を鹿島は追った。束ねたコピーをめくり、地図と照らし合わせ、次の場所を探す。
「ここいらは大通りから一本離れただけなのに、人通りがほとんどないな。辺り一帯、飲み屋のゴーストタウンみたいだ。」
「ほんとですね。」
「お前は知らないだろうが、バブルの頃はこういう雑居ビルが何処も客であふれかえっていたんだ。今じゃどこも閑古鳥だがな。消防法に引っかかるような建物ばかりだ。入り口が狭い上に、たった一つしかない。」
二階へあがって行くのに、一度、一階の店の裏側へ回り、細い通路を通る面倒な作りになっている。上へと続く狭い階段を昇っていく沢木の目の前に、再び入り口がある。
「二階にも何軒か店が入っていたんだな。毒(プアゾン)だのふざけた名前付けやがって。分かってて付けてたのかよって思うな。」
、
観音開きの曇ったガラス戸の向こうには、看板が連なって幾つか見えた。小さな店が二階にも何軒か入っていたらしい。入り口には厳重に鎖が巻かれ、侵入を拒んでいた。
「鹿島。鍵。」
「はい。」
「……おかしいな。」
不動産屋が渡した鍵の束の中に、合うものはなかった。沢木は、錆の浮いた鎖に付けられた錠が真新しいものだと気づく。鹿島はじっと沢木の手元を見ていた。
「鹿島。不動産屋に電話して、鍵を変えたかどうか確認しろ。」
「はい。」
*****
不動産屋は建物は所有しているが、中に入ったことはないと言う。勿論、ここ何年も鍵を交換したことはなかった。誰かが勝手に鍵を付け替えたようだ。
「ドアが壊されてる店があるみたいだな。どこぞのガキが、入り込んで溜り場にしやがったか……」
「……かもしれませんね。」
沢木は愛用の黒い鞄から、ごとりと重量のありそうな組み立て式のペンチを取り出すと、驚く鹿島を尻目に、あっさりと鎖を切ってしまった。
「沢木さんはいつも、そんなもの持ち歩いてるんですか?」
「七つ道具を持っているのは、すりばっかりじゃないぜ。まあ、何年も経ってるから、金属疲労もあったんだろう、やけにあっさり切れたな。」
「……参ったなぁ……」
「どういう意味だ。」
「なんでもないです。それよりも中を確かめるんでしょう?」
「ああ、ちょっと先に行ってくれ。水が流れるかどうか不安だが、用を足してくる。おっさんになると近くて困る。」
「だったら僕、外で待ってます。こういう廃墟みたいなところで、一人いるのって怖いんですよね。何かが出そうじゃないですか……。」
鹿島は肩をすくめた。
少しずつ犯人に近づいてゆきます。
パパ沢木は大丈夫なのか……(〃ー〃)
本日もお読みいただきありがとうございました。
過去作品をお読みいただいているみたいです。
たくさんの拍手、ありがとうございます。(〃゚∇゚〃) 此花咲耶
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