沢木淳也・最後の日 7
静まった警察の奥で、沢木は顔見知りの鑑識課員と話をしていた。
「害者の身元なんだが……」
「はい。残念ながら、西署の部長の息子さんでした。指紋と歯形で、すぐに判明したんですが、顔は前の害者と同じく作り変えられていました。どういう理由があって被害者の顔を変えるのか、犯人の意図がわかりません。一応、怨恨の線も当たってるらしいです。……これで、犠牲者は三人目になりましたね。」
「そうだな。」
「犯人の目的がわからないな。恨みなら、直接本人にぶつけた方が早いだろうに。この害者の腹にもディスクが?」
「はい。明日の合同捜査会議で、話に出るとは思いますが……ひどいもんです。見ますか?」
「ああ。」
害者の腹に真横に一本、深い傷が有る。出血がほとんどないのは、おそらく死後に切られたからだ。
まるで捜査するものをあざ笑うように、誘拐した少年を傷つけてゆく様子が撮影され、死者の腹部に入れられていた。
鑑識に持ち込まれたディスクからは、少年のくぐもった唸り声、悲鳴、哀訴の声が断続的に再生された。
複数いるはずの犯人の姿は、巧妙に隠されて、少年の姿だけが延々と写っていた。
「……お父さん。……助けて……お父さん……」
「いや……いやだぁ……」
警察官である父親が、必ず自分を助けに来ると信じている少年が、必死に父を呼び腕を伸ばす。
踏みつけられ、身体の自由を奪われて、排せつする場所を蹂躙される少年の悲鳴が響いた。
「うっあぁーー!!……やーーーっ!!」
『残念だね。君のお父さんは助けに来なかったね。間に合ったら自由にしてあげようと思っていたのに……あはは……警察官が、あてになんてなるものか。警察官の息子に生まれた自分を呪うんだな。』
『顔が変わっちまったから、もう誰もお前を見てもわからないさ。あいつらは、みんな口だけなんだよ、ば~か。』
器械で変換されたらしい、金属音のような哄笑が長く響く。
何度も似たような場面が繰り返され、沢木は憤怒に燃えた目でパソコン画面を睨みつけていた。
憔悴しきった少年が、やがて暴力に耐えきれず、のろのろと相手の言いなりになってゆく。屈服した先にも、また延々と加虐が繰り返される様子が写っていた。
その顔は、殴られただけではない、作り替えられた別人のものだ。
「すまん。一度止める。一服させてくれ。」
「……無理ないです、自分もとても最後まで見れませんでした。」
なぜこの少年達が標的にされたのか、誰にも理由がわからなかった。
西署の同僚は、歩道橋を見上げてため息を吐く年寄りを、背中におぶってゆくような心優しい男だった。彼に限っては、決して怨恨などではないと思う。
怨恨で身内に何か起こると言うなら、むしろマル暴の自分の方が狙われるべきなのではないか。
「沢木さん。実はね、息子が中学になって、剣道を始めたんですよ。武道を始めるには遅すぎるだろうと言ったんですが、警察官になるんだと言いはじめましてね。」
沢木が、親の背中を追ってくるなんて、可愛いじゃないかと言ったら、心配なだけですよと、相手は真顔で答えた。家族を愛する男の希望が、画面の中で踏みにじられてゆく。
「……お父さん……助けて……お父さん……」
たまらなかった。
変わり果てた息子には、既に面影すらない。それでも、死を認めなければならない。
いつしか泣きながら父を求める少年が、夕陽の差し込む部屋で見つかった、血まみれの隼の声になる。
「パパ……」
「パパ……」
沢木の閉じた目蓋の裏が、血の色に染まった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
その昔、隼ちゃんは誘拐されて心身に酷い傷を負いました。パパ沢木は、そのことを思い出してしまったみたいです。
(´・ω・`) 隼 「パパ、だいじょぶ?」
(`・ω・´)パパ沢木 「絶対、犯人を捕まえる!」
***
実は昨日一度上げたものは、推敲前のものでした。
お直ししたものを、こっそりあげ直してあります。内容的には変わりません。
(´・ω・`) すまぬ~……此花咲耶
「害者の身元なんだが……」
「はい。残念ながら、西署の部長の息子さんでした。指紋と歯形で、すぐに判明したんですが、顔は前の害者と同じく作り変えられていました。どういう理由があって被害者の顔を変えるのか、犯人の意図がわかりません。一応、怨恨の線も当たってるらしいです。……これで、犠牲者は三人目になりましたね。」
「そうだな。」
「犯人の目的がわからないな。恨みなら、直接本人にぶつけた方が早いだろうに。この害者の腹にもディスクが?」
「はい。明日の合同捜査会議で、話に出るとは思いますが……ひどいもんです。見ますか?」
「ああ。」
害者の腹に真横に一本、深い傷が有る。出血がほとんどないのは、おそらく死後に切られたからだ。
まるで捜査するものをあざ笑うように、誘拐した少年を傷つけてゆく様子が撮影され、死者の腹部に入れられていた。
鑑識に持ち込まれたディスクからは、少年のくぐもった唸り声、悲鳴、哀訴の声が断続的に再生された。
複数いるはずの犯人の姿は、巧妙に隠されて、少年の姿だけが延々と写っていた。
「……お父さん。……助けて……お父さん……」
「いや……いやだぁ……」
警察官である父親が、必ず自分を助けに来ると信じている少年が、必死に父を呼び腕を伸ばす。
踏みつけられ、身体の自由を奪われて、排せつする場所を蹂躙される少年の悲鳴が響いた。
「うっあぁーー!!……やーーーっ!!」
『残念だね。君のお父さんは助けに来なかったね。間に合ったら自由にしてあげようと思っていたのに……あはは……警察官が、あてになんてなるものか。警察官の息子に生まれた自分を呪うんだな。』
『顔が変わっちまったから、もう誰もお前を見てもわからないさ。あいつらは、みんな口だけなんだよ、ば~か。』
器械で変換されたらしい、金属音のような哄笑が長く響く。
何度も似たような場面が繰り返され、沢木は憤怒に燃えた目でパソコン画面を睨みつけていた。
憔悴しきった少年が、やがて暴力に耐えきれず、のろのろと相手の言いなりになってゆく。屈服した先にも、また延々と加虐が繰り返される様子が写っていた。
その顔は、殴られただけではない、作り替えられた別人のものだ。
「すまん。一度止める。一服させてくれ。」
「……無理ないです、自分もとても最後まで見れませんでした。」
なぜこの少年達が標的にされたのか、誰にも理由がわからなかった。
西署の同僚は、歩道橋を見上げてため息を吐く年寄りを、背中におぶってゆくような心優しい男だった。彼に限っては、決して怨恨などではないと思う。
怨恨で身内に何か起こると言うなら、むしろマル暴の自分の方が狙われるべきなのではないか。
「沢木さん。実はね、息子が中学になって、剣道を始めたんですよ。武道を始めるには遅すぎるだろうと言ったんですが、警察官になるんだと言いはじめましてね。」
沢木が、親の背中を追ってくるなんて、可愛いじゃないかと言ったら、心配なだけですよと、相手は真顔で答えた。家族を愛する男の希望が、画面の中で踏みにじられてゆく。
「……お父さん……助けて……お父さん……」
たまらなかった。
変わり果てた息子には、既に面影すらない。それでも、死を認めなければならない。
いつしか泣きながら父を求める少年が、夕陽の差し込む部屋で見つかった、血まみれの隼の声になる。
「パパ……」
「パパ……」
沢木の閉じた目蓋の裏が、血の色に染まった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
その昔、隼ちゃんは誘拐されて心身に酷い傷を負いました。パパ沢木は、そのことを思い出してしまったみたいです。
(´・ω・`) 隼 「パパ、だいじょぶ?」
(`・ω・´)パパ沢木 「絶対、犯人を捕まえる!」
***
実は昨日一度上げたものは、推敲前のものでした。
お直ししたものを、こっそりあげ直してあります。内容的には変わりません。
(´・ω・`) すまぬ~……此花咲耶
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