沢木淳也・最後の日 13
木本のような893くずれに手を借りるつもりはなかったのだが、用を足す振りをして、片手で携帯を通話にした。実際は本部に連絡を入れるべきだったのだろうが、鹿島に知られたくはなかった。
ただ、刑事の勘で今誰かに伝えないとまずい気がする。
ざっと濁った水が流れた。
「そういや鹿島。ここ何丁目だっけ?」
「え?4丁目のはずです。」
「ああ、そうだったな。確か、このあたりは木庭組の縁戚のシマだ。後で班長に報告するから、一応、地図にチェックを入れておかなけりゃならん。ユニ○ロの裏通りだったな、よしっと。」
沢木は会話の中で木本にさり気なく場所を教え、蜂の巣のような店の入り口に、わざと数枚のコピーを落とした。新しい鍵が沢木に迫る危険を告げていた。
そして、見つめる鹿島の光る目の理由に、沢木はやっと気付いた。
最初に出会った時から、鹿島は瞳孔が開いているのだ。
例えば、覚せい剤のアンフェタミンは、交感神経を興奮させ瞳孔を散大させる。瞳が光るのは、犯行が露見する恐怖に緊張する犯罪者独特の瞳孔が開いた状態だ。
彼なりに所轄の刑事の性格、家庭環境、検挙率などを調べたうえで、緊張して対面したのだろう。平静を装っていても、まさか瞳孔が演技をできるわけもない。
そして、あるものに気付いた沢木は、極めて何事も無いように努め鹿島に問うた。
「鹿島。ここに来たことが有るんだな。何で最初に言わなかったんだ?無駄な仕事を増やさずに済んだのに。」
「……いいえ?初めて来た場所です。どうしてですか?どうしてそんなことを聞くんですか?理由を教えてください。」
大抵の実行犯は、証拠があるなら見せろと言う。沢木は鼻白む思いだった。
「ああ……それはな、鹿島。お前がここをホテル代わりにしているからだ。」
「え?なっ、なんで……そんな。」
びくりと指先が強張ったのを沢木は見逃さなかった。今、顔を見れば血の気が引くところが見れるだろうが、沢木はわざと視線は外したままだ。
「ほら。枕が変わると寝れないって言ってたじゃないか。あそこにあるの、お前のキャリー(ローラー)バッグだろ?」
鹿島の顔が強張ったまま、ゆっくりとコンクリート打ちっぱなしの店内に向けられた。動揺を抑えようとして、瞬きの回数が異常に減ったのがわかる。
「……どうして、僕のものだと?あんなもの、どこにだってあるじゃないですか。」
「そうだな、どこにでもある代物だ。だがあれは、お前のものだ。癖なんだろうな、キャスターのちび方が偏っていて、新品なのに立てた時右に傾いているんだ。気付いてなかったのか?」
「あれは……僕のものじゃない……。」
鹿島雄一は雑居ビルの外に逃げ出すのではなく、走って中に向かった。
「鹿島!」
突き当りの部屋の奥に逃げ込み、逃げ場を失って振り返った鹿島は、叫んだ。
「沢木さん!そこ、腐ってますよ!」
突然大声で叫ばれたら、人は誰でもその場で一瞬棒立ちになる。置かれた薄い横板が、沢木の体重を支えきれずメリ……と割れた。
「――――!」
Σ( ̄口 ̄*)パパ沢木が落っこちた……?
(〃゚∇゚〃) 本日もお読みいただき、ありがとうございます。此花咲耶
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