沢木淳也・最後の日 5
沢木が木庭組のビルから出て来ると、待ちかねた様子の若い刑事が走り寄って来た。
新卒で配属されてきた、鹿島雄一(かしまゆういち)という若い刑事だった。
キャリア組なのだが、署長が直々に沢木を呼び出し、しばらく現場で傍に置いて勉強させてくれという。どうやら、断れない位、上からのお達しらしかった。
現場で誰の下につきたいかと問われ、鹿島は迷うことなく沢木を選んだらしい。
迷惑な話だった。
「沢木さん。」
「鹿島……?署で合流するはずだったろう?それになんだ、その大荷物。」
「……僕、枕が変わると眠れないタイプなんです。」
「まあ、いい。行くぞ。」
大きなキャリアバッグを転がしながら、僕、出張って初めてなんです~などとのんきな話を振ってくる。
「沢木さんはノンキャリなのに、上にも一目置かれてすごいんですってね。」
「何が?」
「検挙率ですよ。色々噂聞いてます。」
沢木は鹿島雄一の嬉しげな様子に、露骨に嫌そうな顔をした。
「……お前も変わった奴だな。俺の下に付くより、もっと出世しそうな奴が居るだろうに。」
「ぼくは……沢木さんが良いんです。」
冷え込み始めた時間に、長い間待っていたせいだろうか、鹿島は鼻の頭を赤くしていた。見上げた光る視線に既視感を感じた。
「鹿島。お前は俺と……昔、どこかで会ったことが有ったか?」
「いいえ。署で初めてお会いしました。そんなことより、捜査の進捗(しんちょく)状況を教えてください。」
「ああ。車の中で話そう。捜査の話は街中では禁止だ。いいな。」
「わかりました。」
今時の若者というべきかどうなのか、細身のスーツをモデルのように着こなして、出世間違いなしのキャリアの卵は従順に返事をした。捜査四課に合流して、本格的に広域捜査に参加する。
隣県の河川敷に放置された被害者は、沢木が勤める西署の同僚の息子に断定されたと連絡が有った。
*****
「……う、わっ。」
被害者の状態は、とても新米刑事に正視できるものではなかった。
全身の擦過傷、変色したひどい痣、執拗に加えられた暴力の痕に沢木の顔が歪む。その場に口を覆ったきり腰を抜かした鹿島を無視して、沢木は所轄に説明を聞いた。
「死亡推定日時は、筋肉の弛緩状態からほぼ三日前、死因は全身に加えられた暴力による出血性ショック死。行方不明になってから一か月と14日で発見されました。」
沢木は袋状のシートにくるまれた遺体の腕を見た。いくつもある変色した痣の中に、点々と注射痕がある。
「薬の特定は?」
「それは科捜の方で。おそらく違法ドラッグだと思います。次から次へと新しいものが出て来るいたちごっこで、断定は難しいです。」
鹿島の肩が震えているのに気付き、沢木は思わず大丈夫かと声を掛けた。
「鹿島。気持ちのいいものじゃないが、きちんと見ておけ。必ず遺体のどこかに犯人にたどり着くものが隠されているはずだ。おれ達は、物言わぬ害者の代わりにそれを見つけるんだ。」
「はい。」
鹿島はのろのろと立ち上がった。
その顔は別に青ざめている様子もない。
「おまえ……?」
沢木は自分の中に湧き上がりかけた気持ちを抑え込んだ。余りに不謹慎すぎる。
沢木は一瞬、鹿島が「笑いをこらえた」ような気がして、すぐに自ら打ち消した。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
新しい登場人物が出てきました。
お話しが動きます。(〃゚∇゚〃) 此花咲耶
新卒で配属されてきた、鹿島雄一(かしまゆういち)という若い刑事だった。
キャリア組なのだが、署長が直々に沢木を呼び出し、しばらく現場で傍に置いて勉強させてくれという。どうやら、断れない位、上からのお達しらしかった。
現場で誰の下につきたいかと問われ、鹿島は迷うことなく沢木を選んだらしい。
迷惑な話だった。
「沢木さん。」
「鹿島……?署で合流するはずだったろう?それになんだ、その大荷物。」
「……僕、枕が変わると眠れないタイプなんです。」
「まあ、いい。行くぞ。」
大きなキャリアバッグを転がしながら、僕、出張って初めてなんです~などとのんきな話を振ってくる。
「沢木さんはノンキャリなのに、上にも一目置かれてすごいんですってね。」
「何が?」
「検挙率ですよ。色々噂聞いてます。」
沢木は鹿島雄一の嬉しげな様子に、露骨に嫌そうな顔をした。
「……お前も変わった奴だな。俺の下に付くより、もっと出世しそうな奴が居るだろうに。」
「ぼくは……沢木さんが良いんです。」
冷え込み始めた時間に、長い間待っていたせいだろうか、鹿島は鼻の頭を赤くしていた。見上げた光る視線に既視感を感じた。
「鹿島。お前は俺と……昔、どこかで会ったことが有ったか?」
「いいえ。署で初めてお会いしました。そんなことより、捜査の進捗(しんちょく)状況を教えてください。」
「ああ。車の中で話そう。捜査の話は街中では禁止だ。いいな。」
「わかりました。」
今時の若者というべきかどうなのか、細身のスーツをモデルのように着こなして、出世間違いなしのキャリアの卵は従順に返事をした。捜査四課に合流して、本格的に広域捜査に参加する。
隣県の河川敷に放置された被害者は、沢木が勤める西署の同僚の息子に断定されたと連絡が有った。
*****
「……う、わっ。」
被害者の状態は、とても新米刑事に正視できるものではなかった。
全身の擦過傷、変色したひどい痣、執拗に加えられた暴力の痕に沢木の顔が歪む。その場に口を覆ったきり腰を抜かした鹿島を無視して、沢木は所轄に説明を聞いた。
「死亡推定日時は、筋肉の弛緩状態からほぼ三日前、死因は全身に加えられた暴力による出血性ショック死。行方不明になってから一か月と14日で発見されました。」
沢木は袋状のシートにくるまれた遺体の腕を見た。いくつもある変色した痣の中に、点々と注射痕がある。
「薬の特定は?」
「それは科捜の方で。おそらく違法ドラッグだと思います。次から次へと新しいものが出て来るいたちごっこで、断定は難しいです。」
鹿島の肩が震えているのに気付き、沢木は思わず大丈夫かと声を掛けた。
「鹿島。気持ちのいいものじゃないが、きちんと見ておけ。必ず遺体のどこかに犯人にたどり着くものが隠されているはずだ。おれ達は、物言わぬ害者の代わりにそれを見つけるんだ。」
「はい。」
鹿島はのろのろと立ち上がった。
その顔は別に青ざめている様子もない。
「おまえ……?」
沢木は自分の中に湧き上がりかけた気持ちを抑え込んだ。余りに不謹慎すぎる。
沢木は一瞬、鹿島が「笑いをこらえた」ような気がして、すぐに自ら打ち消した。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
新しい登場人物が出てきました。
お話しが動きます。(〃゚∇゚〃) 此花咲耶
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