風に哭く花 6
柏木は大学時代、教員資格を取る為、翔月と青児の通う中学校に教育実習生として赴任して来た。
中学校でも翔月は、青児と当たり前のように、いつも一緒だった。
小柄で幼く見える翔月は、その頃、既に青児のことが大好きで、吐露できないくすぶる思いに気付き始めたばかりだった。決して気取られてはならない幼馴染の青児に向けた感情は、翔月の胸の奥に静かに秘められていた。
想いを口にして、今の優しい関係を壊したくはなかった。
青児ばかり目で追っている翔月が、教育実習生として現れた柏木に、目を止める事はなかった。
一方、自分の描いていた理想そのままの姿で、目の前に表れた少年を、大学生は感動しながらも注意深く見守った。どうすれば手に入れられるのか、どうすれば自分の方を向くのか、柏木は策を弄するつもりだったが、機会は意外にもあっさりと訪れた。
部活に行く前、放課後の教室で眠ってしまった青児に気付いた翔月が、そっと触れたことが有る。翔月を狙っていた柏木が扉の隙間から盗み見る目前で、無防備にも青児に触れた翔月は、そのまま唇を落とした。
告げられない思いがふと零れた、まるで羽が舞い降りたような軽い口づけだったが、それは翔月にとって後ろめたいものだった。
何も知らない青児に、こっそりキスをしてしまったと思うだけで、まだ青い翔月の心臓が後ろめたさに跳ねた。しばらく寝顔に見入っていた翔月は、気持ちを振り払うように声を掛けた。
「青ちゃん!」
「ん……?翔月?」
「青ちゃん。部活遅れるよ。」
「あぁ……寝てたわ……」
何事もなかったかのように青児を揺り動かして起こし、翔月は肩をすくめた。
何か物音がしたような気がしたが、気に留めることもなかった。
二人の幼馴染としての関係は、その先も変わらなかった。
その瞬間を逃さず切り取った柏木だけが、手の内に切り札を得てほくそ笑んでいた。
しかし、教育実習は思いのほか多忙で、柏木には中々更科翔月に近付く時間がない。計画を練り直した柏木は、注意深くその後の二人の進路を見つめていた。
*****
後日、高校に入ってから翔月は担任でもない柏木に呼び出され、今時珍しい分厚いガラケーの中に在る画像を見せられた。
「更科君。こんなものがあるんだけど、覚えあるかな……?古いものなんだけど、どうしても棄てられなくてね。」
「何ですか、これ……あっ……?」
小さな画面を凝視して、思わず息を飲む。
柏木は微笑を浮かべて翔月の様子を伺っていた。ばくばくと激しい鼓動が、翔月の喉元にせり上がってくる。
そこにいるのは、ただ一度の許されないキスに、胸を躍らせた中学生の翔月だった。切り取られた写真は、夕暮の橙色に薄く染まっている。
「な……なんで……こんなものが……」
秘められた過去を暴かれて、翔月はその場にぐしゃりと座り込んだ。背後から柏木が、翔月の肩に触れた。
一瞬で思考能力を奪うのに十分な、決して表には出てはいけない翔月の秘めた感情がそこに有った。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
こんな些細なことに囚われてるんですね……可哀想な翔月……(´・ω・`)
過去作品をお読みいただき、たくさんの拍手をくださった方、ありがとうございました。
うれしかったです。(*⌒▽⌒*)♪
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