風に哭く花 30
「無用心だな……」
そっと半身を入れかけて、すぐ傍に人影があるのに気付き心臓が跳ねた。一瞬、不法侵入を咎められるのではないかと、身構える。
「あの……柏木先生は……」
「しっ……直樹が気が付くよ。」
見知らぬ男は、まるで知り合いに接するように、指を口元に当てると静かにしろと動作で示した。
ひんやりと強い冷房が効いた部屋の中で、しなやかな細い肢体の男は、どこか夜の匂いがする。
思わずその場に固まった青児に、男は声をひそめて親しげに話かけて来た。
「すぐわかった。君は、うさぎちゃんの好きな青ちゃんだね?」
「あ……はい……?あの……」
「俺は、柏木直樹の友人だよ。君とうさぎちゃんのような関係と言えばいいかな。」
「あの、翔月は……ここにいるんですか?」
「ああ、ここにいるよ。夏休みに入ってから、ずっとかな。そろそろ君に返してあげようと、直樹も思っているよ。ただね……まだ調教が途中なんだ。」
「調……教って……翔月は、犬じゃないですよ?」
「ふふっ、そうだね。余り、高校生が使う単語ではないね。ああ、別に馬鹿にしたんじゃないよ。あの子は、まるで自覚がないけれど、「風に哭く花」なんだ。まだ開花していないけれどね……」
青児には男が何を言っているのか、まるで分らなかった。自分の知らない翔月を、他の誰かが知るわけなど無い。翔月を動物のように扱っているのかと、たまらなく不愉快になる。
早く翔月に会わせろと、言いたかったが耐えた。
青児の苛立ちを見透かすように、男はふっと、思いがけず柔らかに微笑んだ。
「青ちゃん。」
「なんですか。」
「いつも、そう呼んであの子は達くんだよ。可哀想なくらい感度が良くて、息を吹きかけただけで、感じてしまう。風に哭くというのは、そういう意味だよ。うさぎちゃんは自分の被虐性を分かっていたようだけど、どうしていいかわからなかったみたいだね。これまで君は……気付かなかったのかな?」
「……言ってる意味が解りません。確かに翔月はおれの事を好きだって言ったけど、今はおれの事避けているし……何か隠してるみたいだし。それに、あなたの恋人の柏木先生は、翔月に酷いことをしています。」
「まあ……何も知らなければ、直樹のしていることは、人の道から外れた鬼畜の所業に見えるだろうね。だけど、うさぎちゃんの被虐性は、病気と言えなくもないからね、一応精神疾患に定義されているし。それよりなぜ、直樹が君のうさぎちゃんに執着するか教えてあげようか?」
青児の中で、聞いてはいけないと警鐘が鳴ったが、青児は反射的に肯いてしまった。
「この話は、まだうさぎちゃんも知らないんだ。直樹も話をするべきかどうか迷っているみたいだけど、君には知る権利があると思うよ。」
促されて、青児はソファに腰掛けた。
翔月が気になって仕方がなかったが、何の物音もしないところを見ると、もしかすると眠っているのかもしれない。
精神疾患という、男の言う単語も気になった。
「話を聞かせてください。それが、翔月に関係することなら、知りたいです。」
「まっすぐで、羨ましいね。心配しなくても、うさぎちゃんは大丈夫。直ぐに逢えるよ。」
秘密の扉が開こうとしていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
一体、俊哉は何を語るのか……?
(´・ω・`) 青ちゃんが、助けに来ない……しょぼん。
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