純情子連れ狼 11
双葉はお風呂も好きで、頭を洗ってやっても目を細めて気持ちよさそうにしていた。湯上がりに子供用のりんごジュースを飲むと、指を吸いながらすぐに眠ってしまった。
悪戦苦闘した入浴も、これから毎日続く。
くんと、隼はベビー石けんの匂いを嗅いだ。
「双葉ちゃんは、疲れちゃったのかな。ねぇ、パパ。ぼくが小さい頃も、双葉ちゃんみたいにぷくぷくしたほっぺただった?」
「ああ。隼は生まれた時から、看護婦さんが奪いあうほど可愛かったぞ。」
「ママは……流れ弾に当たったんだっけ……?」
「隼、どうした……?」
隼がそんな話を父親に振るのは初めてだった。沢木は静かに隼の傍に寄った。
「ママは……運が悪かったんだ。誰のせいでもない。……そう思わなければどうしようもなかったが、本当は俺のせいだ。パパが警察なんぞに勤めて居なくて、非番の日に出くわしたコンビニ強盗を捕まえてやろうなんてちっぽけな正義感が疼かなかったら、ママは死なずに済んだ。それは確かだと思う。」
「ぼく……パパを責めてるんじゃないよ。パパのお仕事の大切さは、ちゃんとわかっているつもりだよ。忘れないで。いつだって、パパはぼくの自慢のパパだよ。」
隼はふふっと屈託のない無垢な笑顔を向けた。今はない妻も、同じ顔で同じことを口にしたと、沢木は思い出した。
「双葉ちゃんを見ているとね、もしママが生きてたら、今のぼくと同じ気持ちだったかなって思ったの。」
「そうか。どんな気持ちだ?」
「双葉ちゃんってね、ぼくにしか抱っこされないんだよ。周二くんがどれだけ頑張って機嫌とっても駄目なの。泣いていても、ぼくが抱っこすると泣きやむの。大きな目でじっとぼくを見つめてね、何だか話をするんだよ。ま~とかぷ~とか、一生懸命何か不思議な言葉で話しているみたいなんだ。あれって、何だろう?ママと間違えているのかな?」
「赤ちゃんはな、誰でも成長過程で喃語っていうのをしゃべるんだ。まだ言葉は出ないだろうけど、その前段階だな。そのうち言葉が出始めるぞ。今、何か月だっけ?」
「八か月だって言ってた。」
「じゃあ、もう少しかな。母親がいつ迎えに来るかわからんが、それまでには分かる単語を言うかもしれんな。」
「そうなんだ。双葉ちゃんと話せるなんて、楽しみだなぁ……。」
「隼のママも、隼が生まれて来るのをすごく楽しみにしてたぞ。毎日、自分のお腹に話しかけてた。母体と隼と両方が危なくなって、緊急帝王切開したときも、医者は全身麻酔が良いと言ったんだが、もう時間が少ししかなかったママは、どうしても隼を抱きたいからって言って、部分麻酔で頑張ったんだ。胸に生まれたばかりの隼を抱いて、亡くなるまでの間、一生懸命話をしていた。」
沢木は妻に似た息子を抱き寄せた。
こんな風に突然、隼に亡くなった母親の話をする日が来るとは予想していなかった。隼の誕生日と母親の命日が同じ日だと、話をしたことはない。
「そう……ぼくは、ママの声を聞いたんだね。……覚えていたかったな。」
「パパが覚えている。ママの日記もある。隼がお腹に宿って、初めて病院に行った日から、毎日つけてた。いつか大きくなった隼に渡すんだって言ってた。」
「ママは、ぼくに何て言ってたの……?」
「生まれたばかりの隼を胸に抱いて、居なくなってもずっと傍に居るからねって言ってた。ママは、あなたが大好きよって。それから、眠るように亡くなる前に、いっぱい愛してあげてねって、俺に隼を託したんだ。だから、隼の傍には今もママがいるはずだし、パパはいつも二人分愛しているつもりだ。古いビデオにママの姿も映っているから、いつかパパと一緒に見ような。美人だぞ。」
目許を赤くして、隼はじっと沢木を見つめた。
「言ったことなかったけど……ぼく、いつも誰かが傍に居るって感じてたよ。ママだったんだね……一緒にビデオなんて見たら、きっとパパが泣くよ?ぼくは双葉ちゃんのお世話で忙しいから、パパの涙を拭いてあげる時間はありません。」
「そうだな。親代わりは大変だ。赤ん坊ってのは、いつぐずり始めるか分からないからな、隼も、眠れるときに眠った方が良い。」
「おやすみなさい、パパ。何かね、双葉ちゃんを抱っこしてると、パパが子連れ大魔神になったの、ちょっとだけ分かる気がしたよ。」
それには答えず沢木も優しい笑みを返した。
「明日の朝飯は、ばあさんがたくさんくれたから、豪華な残り物だ。早起きしなくていいからな。」
「うん。あ……双葉ちゃんが泣いてる。行かなきゃ。」
突然、火が付いた様に泣きだした双葉の様子を見に、隼はリビングの隅へと戻った。
「どうしたの、双葉ちゃん。怖い夢でも見たのかな……よしよし……大丈夫。何も怖いことなんてないよ。ママが帰ってくるまで、ぼくといい子で待っていようね。」
「ふぇぇ……っ。あぁ~ん……」
「ねんね、ねんね……」
胸の中で泣く小さな生き物を、隼は精一杯の慈しみを持って抱きしめた。
隼の中にいる母親が、そうさせているように、隼のあやし方は自然だった。濡れたおむつを換えながら、周二と同じ場所にあるほくろが滲んでいるのに気が付き、思わずくすり……と笑った。
「マジック落ちかかってる。周二くんのあんぽんたん~。ころりと騙されちゃって。うふふ……。ママが早く帰って来ると良いね、双葉ちゃん。ねんねしようね~。」
「……ふぇっ……ん……」
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
周二や木本がばたばたしている間、隼ちゃんは健気にママをしています。
(`・ω・´)がんばるもん。
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