純情子連れ狼 8
「木本。関西で何かあったのか?隼のくそ親父が聞いてみろって言ってた。」
「周二さん。実は墨花会の内部で、揉め事が起こってるようです。先日、新しい組長が決まったところなんですが、披露目前にひっくり返そうとしているようです。組長が襲われた話は、関西の知り合いに確かめましたから確かです。」
「そうか。親父は?」
「ホットラインが通じたんで、墨花会の姐さんと話中です。古い回線なんで、盗聴される心配はないはずです。」
「姐さんって、今の組長のお袋さんか。」
「はい。」
元々、木庭組は関西墨花会という大きな組織から、分派している。
若い二代目に跡目を譲った高齢の墨花会会長は、危篤状態が続いていると言うことだった。余命いくばくもない会長が指名した、新しい組長に納得がいかない誰かが、事を起こしているらしい。
墨花会会長は、今は亡き前木庭組組長、周二の祖父と盃を交わした、ただ一人の義兄弟だった。
周二の祖父が居た墨花会は、関西でも一二を争う大きな組織だが、その昔、跡目争いを避けるために周二の祖父は単身組を抜け、関東へ出てきたという経緯がある。
今はもう、いきさつを知る者もいなくなってしまった。
*****
「やっぱり、行くのか。」
ただ一人、誰も連れずに去っていく弟分は、驚くほど潔く、後に残る兄分は目頭を熱くした。何度引き留めても、気持ちが翻ることはなかった。
小さなバッグに身の回りの物だけを詰めて、弟分は明るく別れの挨拶をした。
「俺は東へ下る。兄貴を支えて、ずっと若頭筆頭でいたいんだが、このまま関西に居ると、どうしても俺と兄貴を仲たがいさせたいって奴らがうるさいからな。しばらく会えねぇが、達者でいてくれ。」
「お前が俺と一緒にいると、どんどん組がでかくなってくから、やっかむやつらが多いんだ。互いに墨花の親父さんが好きで、杯を交わしたってぇだけなんだがなぁ。たまたま俺が先に盃を貰った兄貴分だってだけで、おめぇには余計な苦労をさせちまう。すまねぇな。」
「他の奴らがあることないこと、方々で吹聴しまくるからたまらねぇ。馬鹿馬鹿しい話だが、世間なんて面白い話の方に食いつくもんだ。俺が兄貴の姐さんに横恋慕して、ちょっかい出してるなんて噂を聞いた時には、さすがに切れそうになっちまった。」
「何も知らねぇバカばっかりだ。あいつと俺はおめぇが取り持った仲だってのにな。おめぇが手出しするのを待ってるんだ。喧嘩の言い訳になるからな。」
「兄貴。」
弟分はその場に手を突き、かしこまった。
これが今生の別れになるかもしれないと思えば、自然と涙が溢れた。
「兄貴……俺は……兄貴さえ分かっててくれたら、それでいいと思っている。ヤサが決まったら教えるから、なんかあった時にはすぐに知らせてくれ。関東に行っても、何を置いても直ぐに駆け付けるから。そん時には、例え俺がくたばっていたとしても、俺の倅が駆けつける。俺は世話になった墨花のおやっさんと、兄貴の恩は決して忘れねぇ。絶対だ。」
「俺も忘れねぇ。俺がこの世界で心底信用できるのはおめぇだけだ。おめぇに何かあったら、俺もすぐに長ドス持って駆けつけるぜ。」
「兄貴の血刀さげた姿は見たい気もするなぁ。きっと、惚れ惚れする男っぷりだろうなぁ。」
「おいおい……。おめぇには本当に悲壮感てのが無いな。いっつも笑ってる。その方がらしくていいけどな。」
「お互い様だ。男なんて、かっこつけてなんぼだからな。これ以上喧嘩を売られたら、買わなきゃならねぇ。墨花会の看板背負って、ちっぽけな喧嘩するわけにはいかねぇからな。長々、お世話になりましたなんて言うと、嫁に行くみたいだからやめとくわ。兄貴……親父のこと、くれぐれもよろしく頼む。」
「親父はお前が関東に行くって言ったら、辛がってたぞ。腕をもがれる気がするってな。」
「正直、俺も住み慣れた関西を離れると決めた時から、胸に風穴があいたみたいだ。自分で決めておいて、ざまぁない。女々しいな……」
「馬鹿野郎。極道にしちゃ、お前はまともすぎるんだよ。」
それから周二の祖父は、先代の墨花会組長が書いてくれた紹介状だけを持って、関東へとやってきたという。
しばらくして、兄貴分から墨花会を継いだと祖父の元に一葉のはがきが届いたが、返事を送ることはなかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
周二のおじいちゃんは、撃たれた墨花会組長の先代と義兄弟でした。
息子に跡目を譲り、ほっとしたのもつかの間、先代は儚くなる寸前です。
※出てくる団体は、あくまでも此花の想像の世界の産物です。既存の団体等とは無関係です。
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