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嘘つきな唇 16 

そして里流が思った通りの言葉を、彩は口にした。

「俺はこれから朔良を支えようと思う。リハビリは酷い苦痛を伴うらしいんだ。あいつは弱いから、きっと一人では立ち向かえない。」

「それは彩さんが決めたことですか?それとも、織田が望んだこと?」

「俺が決めたことだ。それに朔良も不安だったんだろう。薬で朦朧としている時に、俺に傍に居てくれと言ったんだ。あれは本心だと思う。」

「傍に……」

「俺は……俺に出来ることが有れば、里流の事を支えてやりたいと思ってた。だけど、里流は俺の手が無くても頑張れるけど、朔良は……朔良には俺の支えが必要なんだ。朔良をほおってはおけない。」

「そうですか。」

見つめる彩の目にはもう揺るぎはなかった。きっと織田朔良の傍に居ると告げる為だけに、自分を呼び出したのだろうと里流は悟った。
彩が自分でそう決めたのなら、縋るような情けない愁嘆場を演じるわけにはいかない。ここまで自分を強くしてくれたのは、ほかならぬ彩なのだから。

「おれだって本当は強くなんてない、頑張っているところを見せたくて、必死だっただけなんだ。出来るなら、おれだって彩さんに傍に居て欲しい。おれだって彩さんが欲しい。だからほんの少しの時間でいいから、おれにも時間をください。」

……そんな本音を吐露すれば、彩が困るとわかっていた。
拳を固く握りしめて、里流は笑顔を作った。

「あの……おれは大丈夫です。彩さ……織田先輩がひ弱なおれを強くしてくれました。先輩たちが基礎を作ってくれた野球部を、沢口たちと一緒にもっと強くして、入って来る後輩に渡せるように頑張ります。」

「そうか……5キロのロードもまともに走れなかった里流が、すっかりキャプテンらしくなったなぁ。夏の大会を楽しみにしてるからな。」

「はい。」

「里流にはきちんと全部話しておきたかったんだ。突然何もかも放り出す事になってしまって悪かったと思う。それと……これは昨日の話に出てきた、去年のデータなんだ。参考になればと思ってUSBに落としてきた。使えるかどうかわからないが、確認してみてくれ。」

里流が好きになった彩は、最後まで律義だった。だからこそ好きになったし尊敬できる先輩だった。

「……織田先輩。これまでありがとうございました。」

里流は何とか礼を言うと、部室を後にした。後ろ手に扉を閉めると、背後から「里流」と声を掛けられた。
彩にも、里流の強がりが判っていた。
話を聞いた後で、目元を赤くして泣くのを我慢している里流が、自分の事をもう彩さんではなく先輩と呼んだ。
振り切ろうとする里流に、彩は思わず未練がましく名前を呼んでしまった。里流が呼び掛けに振り向けば、都合よく何かあればいつでも相談に乗るからと口にしてしまったかもしれない。

しかし、もう里流は振り向かなかった。
震える唇をかみしめ嗚咽を飲み込んで、里流は走った。
頑なに締められた扉に向かって、ごめんと小さく謝った彩の声はもう里流の耳に届く事は無い。

「さようなら。彩さん。」

「さようなら。里流。」

同じ言葉をつぶやいていた。  




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

(つд・`。)「さようなら。彩さん……」

とうとう二人は別々の方向へ進むことになってしまいました。


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