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明けない夜の向こう側 3 

折角、親が迎えに来ても劣悪な環境で、すでに命を落としていた者も大勢いた。
盗んだ残飯が腐敗していて、何日も腹痛と激しい嘔吐に苦しみながら死んだ一郎。

「小父さん……一郎は……二週間くらい前に死んだんだ」
「死んだ……?」
「ああ。病気になったんだ……」

何も食べる物がなくて、三日も何も食べられなくて、犬も食わなかった古い残飯を食ったんだとは言えなかった。

「もう少し、早く捜せたら生きていたのか……あぁ、一郎……父ちゃんが遅かったのか。すまない、すまない……」

父親は顔を覆って咽んだ。

「あの……小父さん。アメ公のジープが、死んだ一郎を連れて行ったんだ」
「そうか……」

子供の死を仲間に知らされた父親は、必死に子供の行き先を尋ねたが誰も教えてはくれなかった。
GHQの本部近くで、とうとう行方を知っているというパンパン(当時の娼婦)を探しあてたが、教えられたのは余りに惨い事実だった。
一郎が連れていかれた場所は、無縁墓地でも、病院の死体安置所でもなかった。
犬猫の死骸を始末するように、回収された子供の遺体は、集められたゴミと一緒に焼却炉に放り込まれていた。
一郎は、ごみと一緒に燃やされたのだ。
事実を知った父親は焼却炉の中を懸命に搔き回し、焼け残った陶器の釦を一つ見つけ、泣きながら辺りの灰を掬って骨壺に入れ、故郷に帰っていった。
その中に、ほんのひと欠片でも一郎の骨が入っていればと思う。

死んだ後でも、親の胸に抱かれた子供は幸せと言えたかもしれない。
今ここで亡くなったとしても、櫂や陸の為に誰が泣いてくれるだろう。

その日、陸を抱いた櫂は、必死に刈り込みの手を振り払い、物陰に隠れたがとうとう見つかってしまった。
櫂は追っ手を振り切って逃げようとしたが、早く走れない陸を抱えていてはどうすることもできなかった。
凶暴な肉食獣の前の哀れな生贄は、しっかりと手をつないではぐれないようにするのが精いっぱいだった。

「一匹、二匹……」

刈り込みをする大人は、櫂たちを野良犬のように扱った。
トラックの荷台に、放り上げられた子供たちを乗せて、トラックは夜じゅう走りやがて夜明けごろ山中に着いた。
砂埃を上げて、トラックは峠の上で止まった。

建物もない山中で降ろされた櫂たちは、互に顔を見合わせ小声で囁きあった。

「おかしいぞ。建物が何もないじゃないか」

「どこかに押し込められるんじゃなかったのか?」

「まさか、殺されるんじゃ……」

「そら、四の五の言ってないで全員、降りろ」

子供たちは無言でトラックから降りた。

「もう二度と、上野に帰ってくるんじゃねぇぞ。いいな!」

櫂と陸が遭った最初の「刈り込み」は、集めた子供たちを山の中に置き去りにするものだった。
盗みを働く浮浪児たちを、厄介者としか見なかった大人たちは、一掃した子供たちをまるで手に負えない野良犬のように山中に遺棄したのだ。
目障りだから始末しろという、進駐軍の要請に応えただけのお粗末な出来事だった。

櫂たちは、夜明けを待って蜘蛛の子を散らすように一気に山を下り、元居た上野を目指した。浅草やほかの場所にも、戦争孤児は多くいたが櫂たちは知っていた。
お台場には、アメリカ軍の倉庫があり、食料が豊富にあった。
見張りの目を盗んで上手く盗んで逃げれば、しばらく食べ物には困らなかった。




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敗戦の日が終ると、もう何故か自分とは関係のないことのような気がする過去の話です。
でも、当事者にしてみると、まだ終わってないんですね……(´・ω・`)
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