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明けない夜の向こう側 4 


上野に立ち戻った櫂と陸は、隠し持った食料と銭でなんとか暮らしていた。
時々、買い出し帰りの通行人から、芋を安く売って貰って、拾った空き缶で煮てみたりもした。
「今日も、固煮えだな。もう少し、水を入れればよかったな」

「にいちゃ、平気。食べれるよ」

陸は食べ物があるだけで嬉しそうだ。
大抵は、生煮えで美味くはなかったが、腹が満たされればなんでもよかった。
だが、平穏な日々は長くは続かない。
何度目かの刈り込みに遭い、二人はとうとう捕まった。
笛を吹く警官に逃げ道をふさがれた櫂は、陸だけでも逃がそうと必死に身を捩って叫んだ。

「陸っ!」

乱暴に掴まれた手首がねじ切れそうだった。

「陸!まっすぐ走れ!」

「にいちゃ!」

陸への追っ手を引き付けて、地下道を逃げ惑う櫂の頭上に、警官の持つ太いこん棒が振り下ろされ櫂は気を失った。
倒れた櫂の元へ、陸は泣きながら戻って来て、守るように覆いかぶさった。

「にいちゃ!にいちゃぁ……あ~ん……」

陸の泣く声で、やっと気づいたように思う。
頭が割れるように痛かった。

「手を焼かせやがって、クソガキが」

転がった陸の背中を、男が忌々し気に蹴った。

「あっ……」

「陸……バカ、逃げろって言ったのに……」

「にいちゃ。大丈夫?大丈夫?……」

頭はがんがんと痛み、手で触ると出血は僅かだったが手のひらに収まらないような大きなこぶができていた。
気分は最悪だったが、櫂は陸に何とか笑いかけた。

「大丈夫だ。兄ちゃんは強いから……な」

「ん……」

陸はやっと安どして、いつものように胸に顔を擦りつけて来た。

*****

多くの戦争孤児たちと一緒に、車の荷台に乗せられた二人が行きついたそこは、孤児ばかりが収容された施設だった。
施設というよりも、むしろ元々は廃院になった精神病院だったから、檻と言う形容の方が納得ゆくような場所だった。
後で聞けば、水上にあるお台場の施設よりはまだましらしい。
そこでは、哀れな孤児たちに下賜された米などを、施設の職員たちがくすねているのでまともな食事も出ないということだった。

櫂と陸が連れてこられた場所は、戦後引き揚げて来た僧侶が、行き場のない孤児たちを見かねて開いた場所で、できるだけの事をしようと骨を折ってくれた。
櫂と陸は他の子どもたちと同じように、広い庭先で揃って裸にされ手押しポンプの水を掛けられた。
臭うからという理由だったのだが、寒さに震える季節に水を掛けられ、子供たちはカタカタと歯を走らせ震えていた。

「我慢しろよ。お前たちには臭いが染みついているからな」

ホースで水を掛けられるのを、体を盾にして守ってやったが、かばいようがなかった。

「陸……大丈夫か?」

「にいちゃ。寒い……」

しっかりと抱き合えば、人肌で少しは温まったが、逃げるのを防ぐためという理由で、その後は衣服は与えられなかった。実際は服の替えがなかっただけなのかもしれない。
そればかりか、押し込められた部屋の窓には、もともと患者が逃げ出さないように鉄格子が嵌っていて、入り口には大きな南京錠がかけられていた。
偉そうな大人が櫂たちを並べ、今日からお前たちはここで暮らすんだと厳かに告げた。

「今度は少しばかり、逃げるのに骨が折れそうだな」

「外の作業の時に、逃げればいいか。建物の周囲には柵はない様だ」

捕らえられた子供たちが、早速、逃亡の企てをしていることなど大人は知らない。
施設で暮らすようになっても、子供たちは相変わらず腹をすかしていた。
僧侶でもある施設長は、あちこちに陳情し、櫂たちが飢えないように苦労していたようだが、国中が戦後の貧しさに耐えている今、孤児に差し伸ばすような奇特な手はなかった。




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懸命に生きている陸と櫂です。
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