明けない夜の向こう側 10
櫂は陸の父親に向かって、頭を下げた。
「陸を連れてきます。待っていてください」
「ありがとう」
校長室を後にして、櫂は陸の教室に足を運んだ。
陸にとって、これ以上に喜ばしいことはない。
施設の暮らしも、今は最初の頃より改善されていたが、不自由なことも多い。
例え陸と別れても、どこかで陸が幸せでいてくれたなら、それでいい。
身寄りのない陸が、家族と一緒に暮らす夢を、見ないはずはないのだから。
櫂は自分にそう言い聞かせた。
戦争孤児の陸と生きるために、櫂は保護者のように苦労もしてきた。
陸を食べさせるために、買い出し帰りの荷物を盗んだことさえあった。
荷物を奪われた女性に、背後から叫ばれた、「泥棒!盗人!」という言葉は櫂の胸をえぐった。
父の言葉を思い出す。
「櫂。お天道さまに恥じない生き方をするんだよ。いつだって、天はお前の生き方を見ているのだからね」
罪悪感に責められながら、泣きながらかじった芋は、何の味もしなかった。
地獄の閻魔の前に引き出されて、罪を問われる夢を何度も見た。
一度は陸を、置いてけぼりにしようとしたことさえある。
生きることは大変で、櫂は「刈り込み」の手から逃げるのにも疲れ果て、最後の一個の芋を持たせて陸の手を引いた。
「ここで待ってろ。食いものを探してくるから……」
こくりと頷いた陸は、その時に限って何も言わなかった。
視線を合わせようとしない櫂に、何かを感じていたのかもしれなかった。
持たせた芋を、櫂に押し付けて、陸は黙って水道の水をごくごくと飲み始めた。
腹の空いたのをごまかすために。
水ばかり飲むせいで、栄養失調の陸の腹は蛙の腹のように、丸く膨らんでいた。
「……陸。水ばっかり飲んでちゃ、また腹を壊すだろ。芋を食えよ」
「にいちゃが、食って。それ、にいちゃの分だもん。……陸がいるから、にいちゃは盗みをしたんだ。にいちゃは、夢の中でごめんなさいって、何度も言ってた……陸の分も手に入れるから、にいちゃはいつも大変なんだ……」
「陸……」
「おれ……閻魔様に会ったら、にいちゃは何も悪くないんだって……ちゃんと言う。おれが腹減ったって言ったから……我慢しなかったから……この芋も、にいちゃが食って。おれ……水を飲んで、ここで待ってるんだ。にいちゃが、帰ってくるまで……明日もあさっても、ここにいるから……にいちゃ……戻って来て……」
陸は唇を震わせた。
「おれを、捨てないで……」
「陸……」
ぽろぽろと、涙が汚れた頬を転がった。
たまらなくなって、櫂は陸の傍に走り寄った。
声を上げて泣く二人に、目を止めるものは誰もない。
「ごめん、陸。おれはどこにもいかない。ずっと陸と居るから……」
「にいちゃ」
「おれは、陸の兄ちゃんだからな」
「うん」
櫂を見上げて泣いた陸は、ひっくとしゃくりあげた。
陸の不安で潰れそうになった気持ちを、やっと櫂は理解した。
櫂だけが戦っているんじゃない。陸も小さいなりに、精いっぱい毎日を戦っていた。
寄る辺のない身の上を、恨むでもなく嘆くでもなく、ただ櫂だけを必死に慕って陸はそこにいた。
「陸!」
声をかけると、陸は子犬のように一目散に走り寄って来た。
「にいちゃ。どうしたの?まだ授業中じゃないの?」
「ああ。校長先生に呼ばれたんだ。陸にお客さんだってさ」
「……おれに?誰だろ……」
例えどれ程寂しくても、陸は親元に帰した方が幸せになれるはずだ。
櫂は、迫る寂しさを笑顔に変えた。
「驚くなよ、陸の父ちゃんが見つかったんだ」
「え……っ」
本日もお読みいただきありがとうございます。
櫂と陸のきずなは……
火、木、土曜日、更新予定です。よろしくお願いします。
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「陸を連れてきます。待っていてください」
「ありがとう」
校長室を後にして、櫂は陸の教室に足を運んだ。
陸にとって、これ以上に喜ばしいことはない。
施設の暮らしも、今は最初の頃より改善されていたが、不自由なことも多い。
例え陸と別れても、どこかで陸が幸せでいてくれたなら、それでいい。
身寄りのない陸が、家族と一緒に暮らす夢を、見ないはずはないのだから。
櫂は自分にそう言い聞かせた。
戦争孤児の陸と生きるために、櫂は保護者のように苦労もしてきた。
陸を食べさせるために、買い出し帰りの荷物を盗んだことさえあった。
荷物を奪われた女性に、背後から叫ばれた、「泥棒!盗人!」という言葉は櫂の胸をえぐった。
父の言葉を思い出す。
「櫂。お天道さまに恥じない生き方をするんだよ。いつだって、天はお前の生き方を見ているのだからね」
罪悪感に責められながら、泣きながらかじった芋は、何の味もしなかった。
地獄の閻魔の前に引き出されて、罪を問われる夢を何度も見た。
一度は陸を、置いてけぼりにしようとしたことさえある。
生きることは大変で、櫂は「刈り込み」の手から逃げるのにも疲れ果て、最後の一個の芋を持たせて陸の手を引いた。
「ここで待ってろ。食いものを探してくるから……」
こくりと頷いた陸は、その時に限って何も言わなかった。
視線を合わせようとしない櫂に、何かを感じていたのかもしれなかった。
持たせた芋を、櫂に押し付けて、陸は黙って水道の水をごくごくと飲み始めた。
腹の空いたのをごまかすために。
水ばかり飲むせいで、栄養失調の陸の腹は蛙の腹のように、丸く膨らんでいた。
「……陸。水ばっかり飲んでちゃ、また腹を壊すだろ。芋を食えよ」
「にいちゃが、食って。それ、にいちゃの分だもん。……陸がいるから、にいちゃは盗みをしたんだ。にいちゃは、夢の中でごめんなさいって、何度も言ってた……陸の分も手に入れるから、にいちゃはいつも大変なんだ……」
「陸……」
「おれ……閻魔様に会ったら、にいちゃは何も悪くないんだって……ちゃんと言う。おれが腹減ったって言ったから……我慢しなかったから……この芋も、にいちゃが食って。おれ……水を飲んで、ここで待ってるんだ。にいちゃが、帰ってくるまで……明日もあさっても、ここにいるから……にいちゃ……戻って来て……」
陸は唇を震わせた。
「おれを、捨てないで……」
「陸……」
ぽろぽろと、涙が汚れた頬を転がった。
たまらなくなって、櫂は陸の傍に走り寄った。
声を上げて泣く二人に、目を止めるものは誰もない。
「ごめん、陸。おれはどこにもいかない。ずっと陸と居るから……」
「にいちゃ」
「おれは、陸の兄ちゃんだからな」
「うん」
櫂を見上げて泣いた陸は、ひっくとしゃくりあげた。
陸の不安で潰れそうになった気持ちを、やっと櫂は理解した。
櫂だけが戦っているんじゃない。陸も小さいなりに、精いっぱい毎日を戦っていた。
寄る辺のない身の上を、恨むでもなく嘆くでもなく、ただ櫂だけを必死に慕って陸はそこにいた。
「陸!」
声をかけると、陸は子犬のように一目散に走り寄って来た。
「にいちゃ。どうしたの?まだ授業中じゃないの?」
「ああ。校長先生に呼ばれたんだ。陸にお客さんだってさ」
「……おれに?誰だろ……」
例えどれ程寂しくても、陸は親元に帰した方が幸せになれるはずだ。
櫂は、迫る寂しさを笑顔に変えた。
「驚くなよ、陸の父ちゃんが見つかったんだ」
「え……っ」
本日もお読みいただきありがとうございます。
櫂と陸のきずなは……
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