明けない夜の向こう側 11
父親が現れたというのに、陸は余り嬉しそうではなかった。
付いてきたものの櫂の背中に隠れるようにして、一つ頭を下げたきり黙りこくっていた。
「陸くん。どうしたんだい?恥ずかしいのかな。お父さんにご挨拶しないのかい?」
「陸?」
背中に張り付いた陸を引きはがして、櫂は顔を覗き込んだ。
本心ではない綺麗ごとが、すらすらと滑り、口をついた。
「おれは、陸に父ちゃんがいて、本当によかったって思うよ。陸も、いつか誰かが迎えに来て呉れたらなって、ずっと言ってたじゃないか」
「にいちゃ……おれ……」
「いいんだ。おれは陸がどこにいても。幸せになってくれるなら、それが一番うれしいんだから。な?おれに遠慮なんかしないで、陸は父ちゃんに甘えて良いんだぞ」
何を思ったか、陸は大きくかぶりを振った。
唇を真っ直ぐ固く引き結び、父と名乗った男の問いかけにも答えない。
困ってしまった櫂は、校長に視線を送ったが、彼にも頑なな陸の顔を上げさせる術はないようだった。
「陸くんは、突然父上が見えたのに驚いてしまったんだね。なぁに、時間はこれからたくさんあるんだ。ゆっくり話をすると良い。お父さんはこれから施設の方に伺って、施設長さんとも話をされるそうだ。櫂くん?案内を頼めるかね」
「はい」
「施設には電話で連絡をしてある。陸に会えると思って、お父さんはお土産をたくさん持って来たから、一緒に帰ろうか?陸が喜んでくれると、お父さんは嬉しいんだがな」
「……お土産?食うもの?……」
陸は土産に興味を惹かれて、思わず視線を上げた。
父親は、傍で影のように控える細身の男に確認をした。
「はい。陸さま、沢山ございますよ」
「車の中にチョコレートや、キャラメル。桃の缶詰もある。陸が好きだと嬉しいんだがな」
「おれ……桃、好き」
「そうか、そうか」
男は破顔し、陸はほんの少し頬を染め、打ち解けたように見えた。
学校からの帰り道、父に手を引かれ、陸は櫂を振り返った。
後を行く櫂は、にっこりととびきりの笑顔を作って見せた。
西日が手をつないだ二人の影を優しく包む。
自然な姿は、この先の別れを示していた。
泣きたいような気持を振り払って、櫂は大きな声を上げた。
「先生!ただいま帰りました。陸のお父さんも一緒です」
「ああ、お帰り。連絡を頂いていたよ。ようこそお越しくださいました。施設長の天木と申します。」
陸の父親は、先回りして車で荷物を運んで来た男に声をかけた。
「笹崎。先にこちらに荷物を運ぶように」
「おれ、お手伝いします」
笹崎という男は、不躾に櫂を眺めた。
「重いぞ。その細腕で運べるの?」
「荷物運びは慣れています」
頷いた櫂は、車の後部座席から出された荷物を受け取ると、黙々と運び始めた。
大きなスキムミルクの缶。読めない横文字の書かれた缶詰、小麦粉、バターなどがたくさんあった。
段ボール箱に入っているのは、陸の父親が手配した菓子や果物、洋服なのだと、笹崎が教えてくれた。
「陸くんの身長が分からなかったから、洋服は適当に色々な物を買って来たんだ」
大量の食材の山に、思わず賄いのおばさんが喜ぶだろうなと、思う。
本日もお読みいただきありがとうございます。
火、木、土曜日、更新予定です。よろしくお願いします。
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付いてきたものの櫂の背中に隠れるようにして、一つ頭を下げたきり黙りこくっていた。
「陸くん。どうしたんだい?恥ずかしいのかな。お父さんにご挨拶しないのかい?」
「陸?」
背中に張り付いた陸を引きはがして、櫂は顔を覗き込んだ。
本心ではない綺麗ごとが、すらすらと滑り、口をついた。
「おれは、陸に父ちゃんがいて、本当によかったって思うよ。陸も、いつか誰かが迎えに来て呉れたらなって、ずっと言ってたじゃないか」
「にいちゃ……おれ……」
「いいんだ。おれは陸がどこにいても。幸せになってくれるなら、それが一番うれしいんだから。な?おれに遠慮なんかしないで、陸は父ちゃんに甘えて良いんだぞ」
何を思ったか、陸は大きくかぶりを振った。
唇を真っ直ぐ固く引き結び、父と名乗った男の問いかけにも答えない。
困ってしまった櫂は、校長に視線を送ったが、彼にも頑なな陸の顔を上げさせる術はないようだった。
「陸くんは、突然父上が見えたのに驚いてしまったんだね。なぁに、時間はこれからたくさんあるんだ。ゆっくり話をすると良い。お父さんはこれから施設の方に伺って、施設長さんとも話をされるそうだ。櫂くん?案内を頼めるかね」
「はい」
「施設には電話で連絡をしてある。陸に会えると思って、お父さんはお土産をたくさん持って来たから、一緒に帰ろうか?陸が喜んでくれると、お父さんは嬉しいんだがな」
「……お土産?食うもの?……」
陸は土産に興味を惹かれて、思わず視線を上げた。
父親は、傍で影のように控える細身の男に確認をした。
「はい。陸さま、沢山ございますよ」
「車の中にチョコレートや、キャラメル。桃の缶詰もある。陸が好きだと嬉しいんだがな」
「おれ……桃、好き」
「そうか、そうか」
男は破顔し、陸はほんの少し頬を染め、打ち解けたように見えた。
学校からの帰り道、父に手を引かれ、陸は櫂を振り返った。
後を行く櫂は、にっこりととびきりの笑顔を作って見せた。
西日が手をつないだ二人の影を優しく包む。
自然な姿は、この先の別れを示していた。
泣きたいような気持を振り払って、櫂は大きな声を上げた。
「先生!ただいま帰りました。陸のお父さんも一緒です」
「ああ、お帰り。連絡を頂いていたよ。ようこそお越しくださいました。施設長の天木と申します。」
陸の父親は、先回りして車で荷物を運んで来た男に声をかけた。
「笹崎。先にこちらに荷物を運ぶように」
「おれ、お手伝いします」
笹崎という男は、不躾に櫂を眺めた。
「重いぞ。その細腕で運べるの?」
「荷物運びは慣れています」
頷いた櫂は、車の後部座席から出された荷物を受け取ると、黙々と運び始めた。
大きなスキムミルクの缶。読めない横文字の書かれた缶詰、小麦粉、バターなどがたくさんあった。
段ボール箱に入っているのは、陸の父親が手配した菓子や果物、洋服なのだと、笹崎が教えてくれた。
「陸くんの身長が分からなかったから、洋服は適当に色々な物を買って来たんだ」
大量の食材の山に、思わず賄いのおばさんが喜ぶだろうなと、思う。
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