明けない夜の向こう側 12
零れ落ちる話から推測すると、陸の父親は大層な金持ちらしく、施設長にも沢山の寄付を申し出たという事だった。
「これまでの陸にくださった、たくさんの愛情に比べたら、この程度の金などはした金です。何ほどのものでもありません。今後も継続して、この施設を援助したいと思っています。受け取っていただけるでしょうか」
「ありがとうございます。正直言って、助かります。まだまだ国や県からの助成金には期待できませんから。子供たちを、飢えさせないのがやっとの状態なんです」
目の前に置かれた分厚い封筒を、固辞することなく施設長は頭を下げた。
「先生。わたしは、あの上野で、陸が生きていたことに本当に感謝しているんです。空襲は本当にひどかったですから……まさか、焼け野原になってしまった東京で、あの子が生きているとは思えませんでした。戦後はわたしも、家を接収されて苦労しましたが、やっと何とか暮らし向きも目途が立ちました」
「接収と言いますと……?もしや、陸くんのお父さんは?」
「はい。男爵として華族の末席におりました。元々は、長州藩の下級武士にすぎません。血統も大したことのない先祖が、維新の武功で運よく地位を手に入れたようなものです。戦後、華族制度が廃止されて、そのまま落ちぶれた華族も多くおりましたが、わたしは元々華族としては異端でした。たまたま当家に逗留した米国人と馬が合い、二人で貿易事業を始めることとなったんです。それが軌道に乗りましたので、今後は陸にも不自由のない暮らしをさせてやれると考えております」
「そうですか……では、お父さんは、陸くんを本気で引き取るつもりで見えたと、思っていいんですね」
「そのつもりです。どうかよろしくお願いします。役所が焼けてしまったので、戸籍などは復元の手配をしているところですが、県知事閣下も力になるとおっしゃってくださいました」
「そうですか。陸くんがいなくなるのは寂しいですが、彼のよりよい人生を考えたいと思います。子供はご家族の傍で、生活するのが一番でしょうから……」
陸の父親は、慇懃に頭を下げた。
施設の子供たちは、陸に届けられた沢山の贈り物の山を見て、呆然とした後大騒ぎしている。
見たこともないような菓子やおもちゃの山に、歓声を上げていた
「良いなぁ。陸はこれから毎日、こんなおいしいものを食べて、贅沢に暮らすのか」
「これ見てみろよ。色鉛筆だって……24色もあるんだ。陸は絵を描くの好きだろ?お父さんは、きっと陸の事調べたんだよ」
当たらずとも遠からじ……と言ったところだろうか。
実際、陸の父は、口にはできないある思惑を持って、ここに来ていた。
荷物を運び終えた櫂は、秘書の笹崎と他愛のない話をしていた。
笹崎はポケットから薄い缶に入った菓子を出して、櫂に与えた。
「なるほど。ここの施設長という人は、君たちの生き方を否定しなかったんだな。今どきの教育者にしては珍しい」
「おれ達は施設長の事、先生って呼んでいるんだけど、先生は戦争前、僧侶をしていたんだって……終戦で南方から引き揚げてきたとき、上野の戦争孤児を見て何とかしなければと思ったって言ってた」
「へぇ、僧侶だったのか」
笹崎は興味深く話を聞いた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
施設長の赴任先は、おそらく南方の激戦地でした。生死の狭間を生き抜いたからこそ、孤児たちの事を何とかしたいと思ったのかもしれません……
火、木、土曜日、更新予定です。よろしくお願いします。
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「これまでの陸にくださった、たくさんの愛情に比べたら、この程度の金などはした金です。何ほどのものでもありません。今後も継続して、この施設を援助したいと思っています。受け取っていただけるでしょうか」
「ありがとうございます。正直言って、助かります。まだまだ国や県からの助成金には期待できませんから。子供たちを、飢えさせないのがやっとの状態なんです」
目の前に置かれた分厚い封筒を、固辞することなく施設長は頭を下げた。
「先生。わたしは、あの上野で、陸が生きていたことに本当に感謝しているんです。空襲は本当にひどかったですから……まさか、焼け野原になってしまった東京で、あの子が生きているとは思えませんでした。戦後はわたしも、家を接収されて苦労しましたが、やっと何とか暮らし向きも目途が立ちました」
「接収と言いますと……?もしや、陸くんのお父さんは?」
「はい。男爵として華族の末席におりました。元々は、長州藩の下級武士にすぎません。血統も大したことのない先祖が、維新の武功で運よく地位を手に入れたようなものです。戦後、華族制度が廃止されて、そのまま落ちぶれた華族も多くおりましたが、わたしは元々華族としては異端でした。たまたま当家に逗留した米国人と馬が合い、二人で貿易事業を始めることとなったんです。それが軌道に乗りましたので、今後は陸にも不自由のない暮らしをさせてやれると考えております」
「そうですか……では、お父さんは、陸くんを本気で引き取るつもりで見えたと、思っていいんですね」
「そのつもりです。どうかよろしくお願いします。役所が焼けてしまったので、戸籍などは復元の手配をしているところですが、県知事閣下も力になるとおっしゃってくださいました」
「そうですか。陸くんがいなくなるのは寂しいですが、彼のよりよい人生を考えたいと思います。子供はご家族の傍で、生活するのが一番でしょうから……」
陸の父親は、慇懃に頭を下げた。
施設の子供たちは、陸に届けられた沢山の贈り物の山を見て、呆然とした後大騒ぎしている。
見たこともないような菓子やおもちゃの山に、歓声を上げていた
「良いなぁ。陸はこれから毎日、こんなおいしいものを食べて、贅沢に暮らすのか」
「これ見てみろよ。色鉛筆だって……24色もあるんだ。陸は絵を描くの好きだろ?お父さんは、きっと陸の事調べたんだよ」
当たらずとも遠からじ……と言ったところだろうか。
実際、陸の父は、口にはできないある思惑を持って、ここに来ていた。
荷物を運び終えた櫂は、秘書の笹崎と他愛のない話をしていた。
笹崎はポケットから薄い缶に入った菓子を出して、櫂に与えた。
「なるほど。ここの施設長という人は、君たちの生き方を否定しなかったんだな。今どきの教育者にしては珍しい」
「おれ達は施設長の事、先生って呼んでいるんだけど、先生は戦争前、僧侶をしていたんだって……終戦で南方から引き揚げてきたとき、上野の戦争孤児を見て何とかしなければと思ったって言ってた」
「へぇ、僧侶だったのか」
笹崎は興味深く話を聞いた。
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施設長の赴任先は、おそらく南方の激戦地でした。生死の狭間を生き抜いたからこそ、孤児たちの事を何とかしたいと思ったのかもしれません……
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