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明けない夜の向こう側 8 

翌日、県知事の前に立った櫂の挨拶は完ぺきだった。

「県知事閣下。本日はご多忙の中、お時間を作ってご訪問してくださり、ありがとうございます」

県知事は黒い礼帽の端を抑えて、ふっと笑んだ。

「君が新堂櫂くんか。話には聞いているよ。とても優秀だそうだね。先生方と話があるから、呼ぶまで少し向こうに行っていなさい」

「はい。失礼します」

県知事はその後、施設長の慇懃な挨拶を受けた。

「新堂櫂をはじめ、施設の子供たちが優秀なのは、校長先生や他の先生方が良くしてくれるおかげです。教室に入れてくれるだけでも、ありがたいんだよと、わたしは子供たちに教えております。それを、他の子たちと同じように差別しないで何でもやらしてくれる。村の人たちも、施設に色々良くしてくださっています。これはひとえに校長先生、その上に立つ県知事閣下の、人徳とご指導の賜物とありがたく思っております」

盗み聞きしていた櫂たちは、大いに笑った。

「先生も良く言うよなぁ。校長の人徳っていうのは、陸の弁当の芋を盗んで食ったやつらを叱りもしないで、本当は持ってきてなかったんだろうって疑ったことか?」

「違うよ。鶏舎の鶏が、最近卵を産まないのを、施設の子が盗んでいるに違いないって決めつけることだよ」

「しっ、聞こえるぞ。おれたちは戦争で親を失っても、健気に一生懸命生きているところを見せなきゃいけないんだからな。施設長があれだけ嘘八百並べて頑張ってるんだから、お前たちも協力しろ」

「にいちゃ。おれ、何をすればいいの?」

「いつも通りにしてればいいんだ。勉強するぞ」

施設の子は、食事の片づけを済ませると、いつも通り食堂で勉強を始めた。
年長者の櫂を中心に、互に得意科目を教えあう。
出来ないことは何度も根気よく繰り返した。
県知事は、そっと様子を窺っていたが、やがて、傍に居た御付きのものに電話を掛けるように命じた。
季節の廻りと共に、櫂と陸の運命の歯車が、ごとりと音を立てて廻ろうとしている。

数日後、二人の運命を変える出来事が起きた。
教室で勉強していると、校長がわざわざ足を運んで来た。
廊下から担任に目配せすると、担任は櫂に傍に行くよう促して来る。

「授業中なのに悪いが、櫂くんと陸くんに逢いたいと言う客人が見えているんだ。ちょっと校長室に来てくれないか」

「……客?陸も呼んできた方が良いですか?」

「いや。まず、櫂くんに話を聞いて貰おうと思ってね。陸くんが会うのはそれからだ」

「はい」

誰だろう……と、櫂は、いぶかしげな視線を向けた。
もしかすると、先日の県知事の関係だろうかとも思ったが、校長の意図するところがわからない。
櫂に話があるのなら、施設長と櫂に直接話をすればいいのにと思う。
そこに、何故陸の名前が出て来たのか、不思議さをぬぐえぬまま、櫂はドアを叩いた。

「失礼します」

「お待たせしました、柳原さん。この子が新堂櫂くんです」

「おお!君が新堂君か。陸が世話になったそうだね」

飛びつかんばかりにして、男は櫂の腕を取った。

「……あの……?」

「陸を迎えに来たんだよ。わたしは陸の父親だ」

「陸の……父ちゃん……?」

「ああ」

男は大きくうなずいた。

戦争孤児の櫂は苦しい日々に、良く夢を見た。
これまでの苦労をねぎらいながら、顔のない大人が覗き込み頭を撫でてくれる。
おいしいものを広げて、さあお食べと言ってくれる。
ここが今日から君の家だよ、そういって大きなお屋敷に連れてゆかれる。
見たこともない調度品がある部屋に通されて、西日を受けて振り返る女性は、小さな翔也を抱いていて櫂が泣くほど会いたかった母親の顔をしているのだ。

『櫂。元気だった……?』

『にいちゃ』

「母ちゃん!翔也!」

……そこで、櫂は目を覚ますのだ。
冷たいコンクリートで凍え、寒さで凍死する寸前に目覚める櫂の心も体も、どうしようもなく冷え切っていた。
手を伸ばして、傍らの陸を思わずぎゅっと抱きしめて、心音を聞く。
生きているのを確かめると、やっと安堵した。




本日もお読みいただきありがとうございます。
現れた陸の父親……陸と櫂の運命は?

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