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小説・初恋・29(血の飛沫) 

翌日、颯は舞踏を指南してくれた教授にも、不首尾に終わった旨を伝えていた。


「すみません。土壇場で、怖気づいてしまいました・・・。」


にこやかに頷いたモンテスキュウ教授は、颯の夜会での話を既に知っていた。


思いがけず、つい何故かと訊ねた。


「夜会の後、料亭で政府関係の外国人の集まりが有ってね。」


「侍の舞うのを見たと、コンドルが喜んでいましたよ。」


頭を下げに行った颯は、世間の狭さに眼を丸くしていた。


「余りに古風なのが、却って珍しがられたって事なのか・・・?」


清輝も首をかしげた。


「さあ・・・でも、とりあえずしばらくは夜会に行く予定はないし。

舞踏の練習が必要ないのは、確かですね。」


「清輝の詩吟が、思わぬ手柄になった。」


「父上に付き合って覚えたのが、思わぬところで役立ちました。

次は、川中島にしましょう。練習しておきますよ。」


昨夜の颯の切羽詰った表情を思い出して、清輝はからかった。

「あ、白雪。」


寄宿棟の窓から、こちらに向かって頭を下げる奏の小姓に、颯は気が付いた。


あっという間に、植え込みの中を走って行って、下から声をかけた。


「白雪。

昨夜は、世話になった。如月は?」


「奏さまは、本宅にいらっしゃいます。」


「今日は、休むのか?」


「はい。」


手にした雑巾で、掃除中なのだと分かる。

「白雪。一息入れないか?」


「ちょうど、喉が渇いたところなんだ。給湯室で茶を貰ってこよう。」


白雪は、慌てた。


大切な主人の学友に、茶を所望することになる。


「あの・・・。

湖上さま、もう終わりますから、こちらの方にお越し下さい。」


「どうぞ、芳賀さまもご一緒に。」


隣で、清輝が手を上げた。

主のいない部屋は、余計に広く見える。


勝手知ったるという風に、颯は奏の椅子にかけた。


「如月は、気疲れか?」



何気ない問いかけに、小姓は身を硬くした。

「いえ。奏さまはお元気です。」

「ただ、今日の外出は、旦那様がお許しになりませんでした。」


「何故?」


「奏さまが、ご学友をお呼びになったのは初めてでしたので・・・聞くことがあるとおっしゃって。」


白雪は、どこか落ち着かず、頬は青ざめていた。

颯は、奏の後ろに立って表情も変えず、広間を眺めていた老人を思い出していた。


どこか異質な印象を受けていた。


「ああ。鳥羽伏見の武功で、異例の侯爵になったという・・・。」


ふと思いついて、聞いてみる。


「如月の、父上と母上は?」


「奏さまに、ご両親はいらっしゃいません。」

余り詮索をするのはよくないと思ったが、思わずそうかと納得してしまった。


あの、奇妙で不器用な人との関わり方は、心許せる家人の少なさが理由に違いない。
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