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小説・初恋・28 

なんとしても、この子を父に任せるわけにはいかない。


そう決心した奏一郎は、湖西から息子を守るため、自分の力で乳母と養育係を必死で探した。


亡き婚約者の妹が、姉の愛した人の願いを、二つ返事で引き受けてくれた。


乳母は、ただ一人心を許せる執事の白雪の妻が、自分も子供を生んだばかりで、運よく名乗りを上げてくれた。


側にいれば、免疫力のない赤子に自分の肺病は感染してしまう・・・


ひたすら静養に勤め、好転するかに見えた症状も不幸なことに特効薬がないせいで少しずつ悪化していった

遠くで、奏の本を読む声が聞こえる。


「ねえ、お美代。

おとうさまに聞こえているかしら。」


そんな可愛らしい声を、守りたかった。


呪われた血の中に生まれた息子は、限りなく清らかで西洋の金色の髪を持つ、天の御使いの薄桃色の肌をしている。


だがその細い濡れ羽色の髪と面差しは、権力と金に妄執する堕天した美しい悪魔と同じものだった。

せめて奏に物心がつき、善悪の区別が付くようになるまで生きていなければと思ったが、もう彼の定命は尽きかけていた。

肌は薄くなり、静脈が青く透けた。


重なる喀血は体力を奪い、気力を萎えさせた。


「美代さん。奏の養育を頼みます・・・」


「わたしは、もういけないようだから。」


話の分かる執事は、東京の邸宅に移り、奏の後を託す者は、この結婚前の少女しかいなかった。


だが、その最後の希望さえあっさりと潰えてしまう。

理由は定かではないが、湖西に滅多打ちにされ、美代が亡くなったと聞いてから奏一郎には奏を守る手立てがなくなった。


遺言をしたため、最後の願いを聞き届けてくれるように、父を呼んだ。


だが父は、家督を継げない病人に、会うつもりはないと一蹴する。


感染を恐れる使用人の看護もなく、牢獄のように薬と食事だけが扉の隙間から差し入れられた。


水差しに伸ばす手が、虚しく空を切る。

「・・・奏・・・」

つっと、頬を涙が伝った。


如月奏一郎は、7つの奏を残し、僅か27歳の若さで看取りもなく息絶えた。


奏は、湖西の望みどおり傍らに置かれた。


遺言も虚しく、祖父は奏の後見人となる。

湖西は、領民の全ては自分の持ち物だから、どんな扱いをしようが構わないと幼い奏に告げた。


道徳上必要なものは何一つ与えられず、奏は香料の入った強い酒で心を麻痺させ、目の前で女や子供や若者が陵辱されるのを眺めて成長した。


支配と君臨だけを教えられ、柔軟な精神は歪んで成長する。


長く続いた内乱も、精神破綻した湖西にとっては、大っぴらに流血の快楽に浸れる好機であったに違いない。


壮年にもかかわらず、背徳の公家は数々の武功を打ちたて、血の匂いに酔った。


そして戦果を挙げた勇猛果敢な如月宮湖西は、明治の代に公家(卿)華族として侯爵の栄誉を賜ったのだ・・・

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