SとMのほぐれぬ螺旋・15
父が物理学者だという影響もあったかもしれない。
日本に来る前に父に渡した理論は、その後の父親の研究室の基礎になるほどの、完成されたものだった。
大人ばかりの中で切磋琢磨されて、子供らしさの微塵もない蒼太は同じ学年の友人はできなかった。
みな声をかけることもなく、蒼太を遠巻きにして尊敬と畏怖の視線だけを送っていた。
教師もみな、蒼太の知能にしか興味が無かった気がする。
母親は自分のしたいことに夢中で、雇った家政婦も誰一人として、僅かな体調の変化などに、気遣ってくれるようなことは無かった。
自分の子供のひざ小僧のすり傷を心配しながら、猩紅熱で苦しむ蒼太は置き去りにされる。
他人とはそういうものなのだと、いつしか慣れた。
両親が離婚することになり、アメリカから日本へ移ることになって、初めて集団生活のなかに身を置いた。
友人は元々持ったことがなかったし、直ぐに学校でも一目置かれて、稀代の生徒会長などといわれても、何の感慨も無く淡々とすごしていた。
独りでいるのは、慣れている、誰もいらない・・・と、ずっと思っていた。
そんな中、一年後生徒会に入ってきた沢木隼という生徒は、これまでの蒼太の知る学友とは少し違っていた。
蒼太の肩書きに萎縮したり怖じたりすることなく、真正面から懸命に話をし、眼鏡の下は表情の変わる少女のような顔で居ながら、男らしく正義感を持ち芯がぶれるようなことは無かった。
口ごもったり語彙が少ないのも、一生懸命言葉を選ぶからだと直ぐに推察できた。
やがて蒼太は、眼鏡の下の綺麗な顔を知っているのが、自分だけだという優越感すら持つようになる。
「生徒会長のお邪魔じゃなかったら、ぼくお昼ここに来てもいいですか。」
「ご飯は、独りより二人で食べたほうがおいしいです。」
味気ない昼食を生徒会室で済ませていたら、いつしか父親が作ったという豪華な三段弁当持参で昼休憩にも現れるようになった。
つかの間の穏やかな時間を手に入れたと思った。
自分のものだと思っていたのに、初めて恋しいと思える相手にはどこがいいのかわからないような思い人が居て、蒼太は身悶えするほどの苦痛を味わったが、その後知り合った木本に惹かれるようになる。
木本も、蒼太の知能や肩書きではなく、生身と接してくれた。(ちょっと、語弊があるかもしれないが、蒼太はそう思っていた。)
手ひどい愛撫に泣き叫んでも、最後には抱きしめてくれる。
IQを口にせず、何も持たない裸の蒼太に向き合ってくれた大人は木本が初めてだった。
年上の恋人の懐の中に抱かれ、名前を呼ばれるとき蒼太は、自分の中にあった広い空虚がじわじわと埋まってゆくのを感じた。
愛を知らなかった少年に、木本は人肌の温かさを教え、愛し合う二人が同時に熱を放出したときの充足感を教えた。
「これが、愛・・・?」
腰に穿たれた熱い器官を、激しく抜き差しする恋人にこわごわ聞いた。
身体を引き裂かれるような痛みに喘ぎながらおずおずと問う蒼太に、木本は真っ直ぐに目を向け、ほんの少し唇の端を上げて欲しかった答えをくれた。
「愛だな、蒼太。」
「愛・・・」
想いが迸る気がした。
木本と居ると細胞の隅々にまで、愛が染み渡る気がした。
初めて得た思い人が愛してくれたのは、実は仕組まれた罠でしかないと分かっても、蒼太は木本が本当に好きだったのだ。
本当は痛みには弱く、拘束や緊縛はやめて欲しかったが、それでも最後に許されて抱きしめられればそこにある手に縋った。
だが・・・。
蒼太が、のめりこむほどに愛すれば愛するほど、木本は何故だか距離を置き離れようとする。
それが、辛くて悲しくてたまらなかった。
悲しい別れの言葉を、身を引き裂かれるような思いで聞いた。
最後に別れを告げられた時、蒼太は奈落に落ちる崖のふちで吹き上がる風になぶられている気がしていた。
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