新しいパパができました・10
「柾。ちょっと・・・。」
風呂上り、呼ばれて覗いた作業場で、俺は思わず見とれた。
遮那王の水干姿のまま、澤田がロッキングチェアの上で眠っていた。
「詩鶴くんって、ほんと綺麗よねぇ。このまま、ケースに入れて飾っておきたいくらい。」
そこは否定できない。
「ああ。やることは、時々抜けてるけど。」
「ちょっとは、優しくしてあげてよ。この子、色々遭ったんだからさ。」
「色々って何?」
何があったんだろう。
母ちゃんははっきりしたことは言わないし、澤田詩鶴のことは名前と年齢しか分からなかった。
「ほら、これ・・・。」
母ちゃんがそっとめくった、着物の袖口から癒えかけの赤い引きつった傷口が覗いていた。
短いものでひどくはなかったが、手首の傷は、一目で自傷したものと判る。
「自殺・・・?」
「いつか自分でちゃんと話すだろうから、もう少し待ってあげて。柾。」
瞑った目元には薄く紅が置かれ、母親は写真を何枚も撮った。
その場に武蔵坊弁慶がいたら、この義経を自分のすべてをかけて守ろうとするだろう。
それまで何の目的も望みもなく、乱暴狼藉を繰り返していた弁慶は、出会った遮那王に初めて必要とされて全幅の信頼と情を寄せた。
襲い来る敵を死に物狂いでなぎ倒し、死しても直、大切な義経を守り続けた弁慶の姿・・・。
「俺、布団まで、連れてゆくよ。」
「お願いね。」
そのお願いに、どれだけの意味が込められているのか、その時の俺にはまだわからなかった。
***********************************************
「きゃあ、寝過ごしちゃった~!」
朝から大慌てで、家事をする澤田の代わりにごみ出しに行き、なぜかやたらと感動された。
「お手伝いありがとう、柾くん。助かっちゃった。後は、パパが腕によりかけてお弁当作るからね。」
だから、パパはよせ。
背中越しに、フライパンからなじみの湯気が立つ。
「今日も、ハンバーグ?」
「今日は、チーズを入れてみました。形も柾くんの好きな丸です。」
余りににこにこと幸せそうなので、文句も言えずについつられて笑ってしまい、眺めていた母ちゃんもまんざらでもない顔をした。
「柾。いつの間にか詩鶴くんと仲良くなったのね。」
今日で、4日連続ハンバーグだったが、なぜかもうそれが当たり前になった感じだった。
なれって怖いけど・・・他のものが食いたいといえない、この雰囲気。
なぜか、澤田は俺が死ぬほどハンバーグが好きだと信じ込んでいた。
・・・いくら好きでも、限度があるだろうと気が付いてくれ。
目指せ、黄金伝説。
****************************************
・・・ただ、食べるのは正直飽きたので、朱里の弁当と交換してもらった。
「あれ。前より美味くなってる?」
「わかるのか?」
「わかるよ。たまねぎの切り方、前は不揃いだったけど今は同じになってる。努力してるね、あの子。」
何で、そんなことまで判るのか知らないけれど、朱里もきっとあのやたらと見た目の綺麗な澤田に興味津々のはずだった。
何しろ、朱里の彼女は雑誌の有名な読者モデルで、知る人ぞ知るといった、すごい美人なのだ。
「何かさ、あいつ、もうすぐうちの学校に編入してくるらしいよ。」
「編入って、ここ男子校じゃ・・・えーーっ?」
朱里の狼狽振りが余りにおかしくて、俺はもうしてやったりだと思った。
「うわ~・・・うっそ。俺、自分が信じられない。確かにボーイッシュだとは思ったけど。あれは、見抜けなかったよ。」
「ボーイッシュじゃなくて、ボーイなんだって。」
がっくりと肩を落とした朱里に、何故か勝ったような気がしたけどさすがに、あいつの素性については何も言えなかった。
説明の仕様がないよなぁ・・・
まさか、母ちゃんの再婚相手ともいえないし。
・・・再婚相手・・・?
誰が言ったっけ?
俺は、大切なことを見落としているようなのに、いまさら気が付こうとしていた。
********************************************
いつもお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチも、励みになっています。
明日も、こけないようにがんばります。
いや~・・・ストック無しの更新がこんなに大変とは。 此花
風呂上り、呼ばれて覗いた作業場で、俺は思わず見とれた。
遮那王の水干姿のまま、澤田がロッキングチェアの上で眠っていた。
「詩鶴くんって、ほんと綺麗よねぇ。このまま、ケースに入れて飾っておきたいくらい。」
そこは否定できない。
「ああ。やることは、時々抜けてるけど。」
「ちょっとは、優しくしてあげてよ。この子、色々遭ったんだからさ。」
「色々って何?」
何があったんだろう。
母ちゃんははっきりしたことは言わないし、澤田詩鶴のことは名前と年齢しか分からなかった。
「ほら、これ・・・。」
母ちゃんがそっとめくった、着物の袖口から癒えかけの赤い引きつった傷口が覗いていた。
短いものでひどくはなかったが、手首の傷は、一目で自傷したものと判る。
「自殺・・・?」
「いつか自分でちゃんと話すだろうから、もう少し待ってあげて。柾。」
瞑った目元には薄く紅が置かれ、母親は写真を何枚も撮った。
その場に武蔵坊弁慶がいたら、この義経を自分のすべてをかけて守ろうとするだろう。
それまで何の目的も望みもなく、乱暴狼藉を繰り返していた弁慶は、出会った遮那王に初めて必要とされて全幅の信頼と情を寄せた。
襲い来る敵を死に物狂いでなぎ倒し、死しても直、大切な義経を守り続けた弁慶の姿・・・。
「俺、布団まで、連れてゆくよ。」
「お願いね。」
そのお願いに、どれだけの意味が込められているのか、その時の俺にはまだわからなかった。
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「きゃあ、寝過ごしちゃった~!」
朝から大慌てで、家事をする澤田の代わりにごみ出しに行き、なぜかやたらと感動された。
「お手伝いありがとう、柾くん。助かっちゃった。後は、パパが腕によりかけてお弁当作るからね。」
だから、パパはよせ。
背中越しに、フライパンからなじみの湯気が立つ。
「今日も、ハンバーグ?」
「今日は、チーズを入れてみました。形も柾くんの好きな丸です。」
余りににこにこと幸せそうなので、文句も言えずについつられて笑ってしまい、眺めていた母ちゃんもまんざらでもない顔をした。
「柾。いつの間にか詩鶴くんと仲良くなったのね。」
今日で、4日連続ハンバーグだったが、なぜかもうそれが当たり前になった感じだった。
なれって怖いけど・・・他のものが食いたいといえない、この雰囲気。
なぜか、澤田は俺が死ぬほどハンバーグが好きだと信じ込んでいた。
・・・いくら好きでも、限度があるだろうと気が付いてくれ。
目指せ、黄金伝説。
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・・・ただ、食べるのは正直飽きたので、朱里の弁当と交換してもらった。
「あれ。前より美味くなってる?」
「わかるのか?」
「わかるよ。たまねぎの切り方、前は不揃いだったけど今は同じになってる。努力してるね、あの子。」
何で、そんなことまで判るのか知らないけれど、朱里もきっとあのやたらと見た目の綺麗な澤田に興味津々のはずだった。
何しろ、朱里の彼女は雑誌の有名な読者モデルで、知る人ぞ知るといった、すごい美人なのだ。
「何かさ、あいつ、もうすぐうちの学校に編入してくるらしいよ。」
「編入って、ここ男子校じゃ・・・えーーっ?」
朱里の狼狽振りが余りにおかしくて、俺はもうしてやったりだと思った。
「うわ~・・・うっそ。俺、自分が信じられない。確かにボーイッシュだとは思ったけど。あれは、見抜けなかったよ。」
「ボーイッシュじゃなくて、ボーイなんだって。」
がっくりと肩を落とした朱里に、何故か勝ったような気がしたけどさすがに、あいつの素性については何も言えなかった。
説明の仕様がないよなぁ・・・
まさか、母ちゃんの再婚相手ともいえないし。
・・・再婚相手・・・?
誰が言ったっけ?
俺は、大切なことを見落としているようなのに、いまさら気が付こうとしていた。
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明日も、こけないようにがんばります。
いや~・・・ストック無しの更新がこんなに大変とは。 此花
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