新しいパパができました・12
日が暮れるのを待って、俺たちは周囲をうかがいながら家に帰った。
「豚ばら肉の固まり、タイムバーゲン狙ってたのに、間に合わなかったなぁ。」
脳天気なスーパーの情報を、詩鶴がぽつりとつぶやく。
何か、違う話をしていないと、不安なんだろうか。
不安な余り、視線が泳いでいるのが、手に取るようにわかる。
「おなかすいちゃったね・・・。」
つぶやいた言葉は、きっとごめんねの代わり・・・
「ちょっとだけ、ここで待ってな。様子見てくるから。」
こくんとうなずいた後、きゅっと思わず行くなというように、思わず俺の腕を掴んでしまった自分に驚いて、詩鶴は慌てて手を放した。
夜目に浮かぶ、詩鶴の白い顔・・・そうだよ、弁慶はきっと出逢った牛若丸に泣かれてしまったに違いない。
兄上のところに、一人行くのは心細い。どうか一緒に行ってくれないか。
その一言で、すべてを投げ打って弁慶は、源氏の御曹司を護ろうとしたんだ。
弁慶には牛若丸が、後の源九郎義経だろうが薄物をまとった遮那王だろうが、きっとどうだって良かったに違いない。
ただ、守ってやりたかった・・・俺の中の弁慶も一人ごちた。
「ただいま。」
作業場に誰か来客のようで、母ちゃんの声が聞こえた。
「詩鶴君を、このままあなたに、お渡しするわけにはまいりません。」
「あんたもわからない人だな。かかった分は、きっちり金を払うといってるだろう。この金額では不満なのか。」
母ちゃんの指が、額に落ちた前髪をかきあげるとついに切れた。
「金の話なんぞ、した覚えはないですけどね。さっきから黙って聞いていれば、世話になったの一言もなく、詩鶴君を心配するそぶりもなく、あんた結局はあの子の持ってるものが欲しくて丸ごと抱えたいだけでしょうが。」
母ちゃんのあごがくいと上がって、向こうに行ってなと合図を送る。
久しぶりに、気合の入った母ちゃんを見た気がする。
父ちゃんと元旦の富士山で出会ったなんて、すごくロマンチックな過去話をしていたが、実はそういう走りがあると友達から聞いて、俺は中学の頃、ひっくり返ったことがある。
まあ、「若さゆえのあやまち」は、誰にもあるのだろうけど。
「ともかく!あたしはあなたの世間体や、見栄の為に詩鶴君を手放したりはしませんから。」
「あんたもわからん人だな。結局は帰ってくることになるんだ。未成年のあいつには俺の手を離れて、他に行くところなどないんだから。」
それだけの会話で、俺はなぜか泣いてしまった詩鶴の涙の原因がこいつだと知って、思わず睨み付けてしまった。
「まったく、親が親なら、息子も狂犬みたいな目つきだな。」
そいつが帰り際、鼻先で笑った。
「まあ、しばらくお世話になりますかね。いつでも帰っておいでと、言ってやってください。それまで、父親の病院は大切に預かっておきますから。」
帰るぞと、側にいた胡散臭げなやつに声をかけ、そいつは退散した。
車のテールランプが見えなくなってから、俺は電信柱の影に小さくなって丸まった詩鶴に声をかけた。
「もう、帰ったぞ。」
見上げた顔は蒼白で、恐怖の生理的な涙だろうか。
濡れた頬のまま、どんっと胸にぶつかっって来た細い肢体を俺は迷わず受け止めた。
「あああ・・・・ぁぁ・・・ん・・・」
細い声で詩鶴が泣く。
何がそんなに悲しいのか、聞きたかったけど今は泣け、詩鶴。
胸、貸してやるから。
********************************************
いつもお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチも、励みになっています。
明日も、こけないようにがんばります。
少しずつ、詩鶴君が語ります。
此花
「豚ばら肉の固まり、タイムバーゲン狙ってたのに、間に合わなかったなぁ。」
脳天気なスーパーの情報を、詩鶴がぽつりとつぶやく。
何か、違う話をしていないと、不安なんだろうか。
不安な余り、視線が泳いでいるのが、手に取るようにわかる。
「おなかすいちゃったね・・・。」
つぶやいた言葉は、きっとごめんねの代わり・・・
「ちょっとだけ、ここで待ってな。様子見てくるから。」
こくんとうなずいた後、きゅっと思わず行くなというように、思わず俺の腕を掴んでしまった自分に驚いて、詩鶴は慌てて手を放した。
夜目に浮かぶ、詩鶴の白い顔・・・そうだよ、弁慶はきっと出逢った牛若丸に泣かれてしまったに違いない。
兄上のところに、一人行くのは心細い。どうか一緒に行ってくれないか。
その一言で、すべてを投げ打って弁慶は、源氏の御曹司を護ろうとしたんだ。
弁慶には牛若丸が、後の源九郎義経だろうが薄物をまとった遮那王だろうが、きっとどうだって良かったに違いない。
ただ、守ってやりたかった・・・俺の中の弁慶も一人ごちた。
「ただいま。」
作業場に誰か来客のようで、母ちゃんの声が聞こえた。
「詩鶴君を、このままあなたに、お渡しするわけにはまいりません。」
「あんたもわからない人だな。かかった分は、きっちり金を払うといってるだろう。この金額では不満なのか。」
母ちゃんの指が、額に落ちた前髪をかきあげるとついに切れた。
「金の話なんぞ、した覚えはないですけどね。さっきから黙って聞いていれば、世話になったの一言もなく、詩鶴君を心配するそぶりもなく、あんた結局はあの子の持ってるものが欲しくて丸ごと抱えたいだけでしょうが。」
母ちゃんのあごがくいと上がって、向こうに行ってなと合図を送る。
久しぶりに、気合の入った母ちゃんを見た気がする。
父ちゃんと元旦の富士山で出会ったなんて、すごくロマンチックな過去話をしていたが、実はそういう走りがあると友達から聞いて、俺は中学の頃、ひっくり返ったことがある。
まあ、「若さゆえのあやまち」は、誰にもあるのだろうけど。
「ともかく!あたしはあなたの世間体や、見栄の為に詩鶴君を手放したりはしませんから。」
「あんたもわからん人だな。結局は帰ってくることになるんだ。未成年のあいつには俺の手を離れて、他に行くところなどないんだから。」
それだけの会話で、俺はなぜか泣いてしまった詩鶴の涙の原因がこいつだと知って、思わず睨み付けてしまった。
「まったく、親が親なら、息子も狂犬みたいな目つきだな。」
そいつが帰り際、鼻先で笑った。
「まあ、しばらくお世話になりますかね。いつでも帰っておいでと、言ってやってください。それまで、父親の病院は大切に預かっておきますから。」
帰るぞと、側にいた胡散臭げなやつに声をかけ、そいつは退散した。
車のテールランプが見えなくなってから、俺は電信柱の影に小さくなって丸まった詩鶴に声をかけた。
「もう、帰ったぞ。」
見上げた顔は蒼白で、恐怖の生理的な涙だろうか。
濡れた頬のまま、どんっと胸にぶつかっって来た細い肢体を俺は迷わず受け止めた。
「あああ・・・・ぁぁ・・・ん・・・」
細い声で詩鶴が泣く。
何がそんなに悲しいのか、聞きたかったけど今は泣け、詩鶴。
胸、貸してやるから。
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明日も、こけないようにがんばります。
少しずつ、詩鶴君が語ります。
此花
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