新しいパパができました・14
俺は覚悟を決めて向かい合うと、一つの皿の上にあるハンバーグをつついた。
視線を合わせて詩鶴の顔をじっと見るには、ちょっと勇気が居る。
詩鶴は・・・本当にそこに居る詩鶴は、小さくて心もとなくて、そのくせ儚げな表情で消え入りそうに微笑むから・・・
母ちゃんの人形のようなけぶる眼差しを向けて、小首を傾げたら俺じゃなくても、誰だって庇護欲をかきむしられるんじゃないかと思う。
詩鶴は、そんな不思議な生き物だった。
「ぼくは、別に病院経営に興味があるわけでもなかったし、父は病院で手厚い看護を受けさせてもらっていると思ったから、叔父さんが病院に入ってくれるというのを、本当に喜んだんだ。何もわかっていなかったから・・・ね。」
「当たり前のように毎日学校へ行き、家政婦に家事をしてもらって、何不自由なく暮らして来たんだ。」
「父の容態は、植物状態になったけど急には変わらなかったし、毎日このままの日々が続くと思っていた。いつか、起き上がって笑いかけてくれると・・・信じていたし。で・・・も・・・」
そこから、急に詩鶴は苦しそうになり、顔色は真っ青だった。
「詩鶴、真っ青だ。」
「ごめん・・・みんな話そうと思ったけど、急に息が・・・苦しくな・・・はっ・・・はっ・・・」
「詩鶴っ!?」
「ご・・・め・・・」
急に咽喉元を押さえて、息が荒くなった詩鶴を前に俺は途方にくれた。
「母ちゃんっ!詩鶴がおかしいっ!」
いや、このおかしいって言うのは、常識が無いとかじゃなく・・・わ~~~~!詩鶴~~~!
俺が本人より動転してどうするんだ!
詩鶴は母ちゃんが渡した、大きな紙袋(たぶん揚げたてコロッケが入ってたやつ)の中で何度も深呼吸をした。
ガキのときに、友達がバスケットの試合で過呼吸になっていたけど、同じ症状に見える。
そういえば友達の時も、コーチがペーパーバッグを持参していた気がする。
母ちゃんがあとで俺に告げた、聞きなれない過換気症候群という病名は、過呼吸とは違って精神的な不安を抱えたやつがなる病気みたいだ。
「もう、明日にしよう、詩鶴君。急ぐことは無いから。時間はいっぱいあるし、いつだって、詩鶴君の居場所はここにあるからね。」
詩鶴は青い顔で、大きな瞳をしばしばと瞬かせて、うなずいた。
母ちゃん・・・その決め台詞、俺が言いたかった。
コロッケの袋をきちんと畳んだ詩鶴が、何かおなかいっぱいコロッケを食べた気がするなぁ・・・とつぶやいて、俺たちはとってつけたように笑った。
そして次の日の朝、明日話をするといった詩鶴は、ハンバーグの入った弁当を、テーブルの上に置いたきりいなくなってしまったんだ。
少ない荷物もそっくり持って出て、まるで端から居なかったように、詩鶴は消えた。
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「あの、馬鹿。」
俺は、黙って家を出た詩鶴に腹を立てながら、いらいらと身支度をし、着替えと金を持って京都に向かった。
「いい?直ぐに短気を起こすんじゃないよ。柾は詩鶴君を連れて帰るだけでいいから。後は、大人の仕事だよ。」
「わかった。」
「住所は持った?電車もあるけど、駅からタクシーに乗りなさいね。」
弁当箱の下においてあった、詩鶴の置手紙は短いものだった。
亜由美さん、柾くんへ
お世話になりました。
これ以上の、ご迷惑は掛けられません。
ありがとうございました。
澤田詩鶴
ps:柾くんへ
丸いハンバーグの作り置きが少しになったので、作って冷凍庫に入れておきました。
いっぱい食べて大きくなってください。
・・・ちびなんだから、おまえが食え。
色々言いたいことは山積みだったが、この文面から決して詩鶴が好き好んで出て行ったのではないことくらい、俺でもわかる。
冷凍より、作りたてのほうが美味いんだよ、会ったら、まずそういってやろうと思った。
だから、ハンバーグ作りに帰って来い、詩鶴。
大きな目に涙をためて、詩鶴はうんとうなずくだろうか。
新幹線すら遅いと感じるほど、気持ちは急いていた。
ほんの少ししか一緒にいなかったのに、いつか詩鶴の存在が大きくなっていることに気が付く。
一人で着物を着れたり、サトイモの煮っ転がしが作れたり、自分のことをパパと名乗ったり、詩鶴には聞きたいことがいっぱいあった。
タクシーから降りて見上げた、そびえ立つ総合病院に思わず気圧されながら、俺は腹に気合を入れた。
あの、柄の悪い伯父ってやつとまともに遣り合っても、はるかにこっちの分が悪いだろうと思いながら、とにかく詩鶴を見つけて帰るという任務を遂行するためだけに、敵陣に乗り込む。
それから、数十分後に詩鶴と出会ったとき、俺は詩鶴がとんでもない場面に遭遇しているのを目の当たりにすることになる。
俺が思っていたよりも、詩鶴の立場は複雑で事態は深刻だった。
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とんでもない事態・・・ご無体な方向です。・゜゜・(/▽\*)・゜゜・ハードル、あげちゃった。
此花
明日のお昼から、もう一つのオロチの話を上げてゆく予定です。
短編です。オロチ一人しか転生していません。
どうぞよろしくお願いします。
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