夢の欠片(かけら)・10
胸から這い上がった征四郎が、奏をそっと抱きしめた。
次第に強くなる抱擁に、奏は息を詰め背中をとんとんと叩いた。
「せめて・・・寝台にしていただけませんか。」
征四郎がしとどに濡れた頬を向け、くしゃと笑顔に変えた。
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敷き藁の上で、抱き合って眠った二人はそのまま奏の自宅に行くことになった。
お互い、藁にまみれテーラードは皺だらけで、ひどい有様だった。
「行きましょう。白雪が待っています。」
温かい食事と、風呂、そして睡眠。
最近の征四郎に欠けたものばかりだった。
如月奏の本宅は、湖上颯の師事したお雇い外国人と言われた、建築家ジョサイア・コンドルの手による豪奢なものだ。
見事に洋と和が融合した作りになっていて、高い天井には色ガラスのランプと組み合わせた扇風機が回って空気を混ぜている。
調度は奏が、英国から船便で持ち帰ったもので、日本人には大きめの、ゆったりとしたテーブルセットには揃いの蔦文様が入っていた。
「すご・・・い・・・」
広い玄関で目を丸くした征四郎に、奏は座るようにすすめた。
「こっちの私邸には、白雪と白菊以外誰も来ないように言ってありますから、遠慮しないで、くつろいでください。」
優雅な仕草で茶を淹れる奏に、征四郎はぼうっと見惚れていた。
「そんなことまで、できるんですか・・・?」
「なぜ?おかしいかな?」
「だって、如月財閥の代表ともあろう人が。」
素朴に尋ねる征四郎の方を向いて、奏は上機嫌に打ち明けた。
「留学先へは、白雪しか連れていけなかったので、僕も必要に迫られて色々なことができるようになりました。僕は、向こうでは、娘のむつき(おしめ)も換えたんですよ。」
「華桜陰の寮に入ったころは、自分で釦(ぼたん)をはめることさえできず、颯にずいぶん笑われましたたけど・・・。」
「まさか・・・。」
「本当ですよ。颯に教えてもらったのを今も覚えています。」
「・・・・親指と人指し指をホールの側に迎えに行くように持っていって、釦の端っこが来たのを捕まえる・・・。征四郎くんに教えたやり方だそうだけど。」
『そのまま、離さずに持ってろ・・・』
あの日、耳元で颯が告げた。
征四郎は知らないが、あれ以来奏は亡き父と同じ声に恋をしたのだ。
懷かしい記憶だった。
奏の淹れる茶は、どこかまろやかでささくれた征四郎の内側にしみてゆき、癒やしてくれるような気がした。
「如月さん。」
「奏と・・・。周囲の親しい者はそう呼びます。」
「僕は、どうやらずいぶん意地っ張りで、へそ曲がりらしいです。君にも、ずいぶん意地悪をしましたね。」
征四郎くん…と、奏は征四郎の座る長椅子の横に腰を下ろし、じっと視線を搦めた。
「僕は、君より八つも年上です。」
「知っています。兄上と同級ですから。でも…僕はお会いしたこともないうんと前からあなたが、好きでした。」
「ええ・・・一途で眩い想いでした。気持ちを聞いても戸惑うばかりで、遠ざけるのが君のためだと思っていました。」
征四郎は華桜陰に兄が入学して以来、折に触れ話をする如月奏という人物にいつしか心酔していた。
喜々として語る学校生活の中に、必ず如月奏の名前と姿があった。
まるで兄に暗示をかけられたように、脳内で兄の口の端に登る麗人の姿を思い描き恋をした。
自分でも小さな子供のようだと思いながら、溢れてくる感情を制御できなかった。
ひたむきに向かってさえいれば、屆くと信じていたあまりに幼い恋情だった。
「僕は、片恋の切なさに何度泣いたかわかりません。流星号だけが、僕をわかってくれました。」
征四郎の話を、奏は静かに聞いていた。
「華桜陰高校の広い馬房で、僕は流星号の夢を見ました。」
「どんな?」
「流星号が・・・鼻先で僕の背中を押してくれたんです。」
「夢の中で流星号のたてがみに触れて、やっと捕まえたと思ったらそれが奏さんでした。流星は、僕の気持ちを一番よく知っていたから、きっと背中を押してくれたんです。思い過ごしかな・・・。」
「そんなこと・・・。」
見えない流星号の鼻先に押されて、征四郎は奏の小さな顔に触れた。
居なくなった大切な愛馬の気配を、征四郎は感じていた。
流星号が認めてくれた、大切な存在を引き寄せた。
一瞬驚いて身じろいだが、拒まれなかったのに勇気を得て、そっと口づける。
日本風に焚き染めた香ではなく、奏から立ち上る芳香は花の匂いのような気がした。
ずっと焦がれてきた来た美しい人が、腕の中にいる。
体を入れ替え長椅子に横たえると、見つめる目が三日月の形になった。
「白雪が・・・」
「ええっ・・・!?」
思わず飛びずさって周囲を見渡したら、くす…と笑ってバスタブに湯を張ってくれているはずですから、行きましょうと先に立った。
征四郎が触れたくてたまらなかった、如月奏がそこにいる。
秀麗な白い顔で、唇だけを朱くして・・・。
慰めてくれようとしているだけかもしれないが征四郎はほとんど衝動的に、背後から奏の手を取り抱き寄せると、強引に唇を押しつけた。
「征四郎くん・・・んっ・・・!」
奏は、慌ててはいなかった。
性急な征四郎の必死な様子を、むしろいたわりを持って穏やかな視線で見つめていた。
おそらく女性との経験は初めてではないだろうが・・・と、口腔に侵入してきた忙しない征四郎を焦らしてやった。
「・・・んっ・・・」
舌先が、必死に追いかけてくる。
あやすようにちょんとつつき、追いかけてくる舌の根元をくすぐる。
奏は、若い牡の奔流に押し流される覚悟を決め、征四郎の肩に腕を回した。
「湯を使うのは後にしますか・・・?」
征四郎の懐の奏が、じっと返事を待っていた。
このまま手を放してしまったら、また眺めるだけの遠い人になってしまう気がした。
自分だけに向けられた奏のけぶる眼差しに急かされて、皺だらけのテーラードの袖を抜く。
黙って角度を変えて脱がせやすいようにしてやりながら、奏は指を伸ばして征四郎の豊かな髪に手を差し入れた。
そのままぐいと、胸のあたりに引き寄せてやったら、あぁ…と倒れ込んで、甘く吐息が漏れた。
「奏さん・・・、奏さん・・・。」
長椅子の上に押し倒すと、欲しくてたまらなかった玩具を手に入れた子供のように、征四郎は衣服の中から白い肌の大切な宝物を取り出した。
上等なシルクのシャツの前を、引き裂くように慌ただしく開けて、征四郎は歯を当て必死に食らいつくようにする。
そういえば、英国でもこんなことがあった・・・と、くすりと奏は唇の端で笑った。
おずおずと上目で様子を伺いながら懸命に乳暈に執着する征四郎に、懷かしい赤子の姿を思い出していた。
ふくらみのない胸に、ささやかに薄い紅色の薄い突起を見つけると、そっと征四郎は口を付け吸った。
身体中のどこかに征四郎が触れるたび、ぞくぞくと奏の背筋を忘れかけた感情が、火花を散らせて駆け上がった。
不意に征四郎の目が見開かれ、伺うように不安な目を向けた。
「奏さん・・・あの、あちこちに・・・。」
奏はほんの少し、上気した頬に落ちてきた髪の毛を撫で上げると艶然と笑い、膝立ちになるとシャツを落とした。
「ああ。実はとんだ傷物です。興ざめですか?」
徒っぽく微笑む奏に向かって、ぶんぶんと頭(かぶり)を振り、征四郎は床に膝をついた。
美しい珠に無数に刻まれた傷痕の意味を、征四郎は知らなかった。
それでも何があろうと、この美しい人に寄せる自分の思いは変わらない。
8つも上の兄の友人に征四郎は、自分のすべてを捧げる誓いを立てた。
征四郎の手が、ほんの少し抗った奏の全てを取り払って行く。
わずかな衣擦れの音だけが、広い室内に響き、時折こぼれる奏の吐息が媚薬となる。
征四郎は、鼻腔に拡がる芳香に惑溺した。
頑張りましたけど、少し長くなりそうなので分けました。
(`・ω・´)征四郎:「奏さん。僕、本気です。」
(´・ω・`)奏:「うん。本当はずっと知ってたよ。意地悪してごめんね。」
(´;ω;`) 征四郎:「くすん・・・」
( T_T)\(^-^ ) 奏:「よしよし・・・」
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σ(`・ω・´) 「らじゃっ!」
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