夢の欠片(かけら)
英吉利から帰国以来、如月奏(きさらぎかなで)の毎日は、多忙を極めていた。
明日も、落成式を迎える自社ビルの披露目の祝賀会がある。
手配に不備がないか、もう一度招待客名簿を確認するため、断りきれない外務卿ご令嬢の誕生日会を抜け出してきたところだった。
ふと見やれば、自社ビルの前の車寄せに、しょんぼりと襟巻に深く顔を埋めて、所在無げにたたずむ少年がいる。
奏はその姿に一瞬で心を奪われ、粉雪の舞う中、蝙蝠傘を開くのも忘れ見つめていた。
そこにいる懷かしい姿は、奏の心の底に沈めた淡い感情を騒がせた。
「どうなさいました、奏さま。少しでも傘を差さないとお身体にさわります・・・?」
奏の傍らから、見覚えのある横顔に、白雪が思わず声をかける。
「あれ?・・・もしかすると、今日連れてゆくと言ってた征四郎君かな・・・。湖上さまにとてもよく似ていらっしゃいます。」
「・・・あのころの湖上にそっくりだ。」
駆け寄る少年に、二人は同時に友人の面影を認めた。
「・・・、如月さんと、白雪さんですね。」
「初めまして。湖上颯の弟、征四郎です。」
息のかからぬように距離を置くのは、武家のしきたりだろうか。
「兄はまだ、こちらに来ていませんか?」
細かな雪が降りしきる中、傘も差さず長時間待っていたのだろうか、上着の肩には雪が降り積もっていたが払いもせずに、幼さの残る笑顔を向けた。
「会う約束はしていたけど、征四郎君こそ、傘もささないでどうしたの?」
「上野で・・はぐれ・・くしゅん・・・っ。」
白雪の方へ振り返って、奏は中の暖房は使えるのかと聞いた。
「ゲストルームは、すぐに湯も使えるはずです。」
「宿泊設備も、整っていますから、すぐに着替えた方がよろしいですね。」
「湖上さま・・・こちらへ、どうぞ。」
言いながら階上へ促す白雪に付いて、征四郎と呼ばれた少年は洟をすすった。
「上野の待合で、待っているように兄に言われたんですけど、ぼく・・・乗合馬車に見とれているうちに、はぐれてしまいました。」
「ああ、あれは珍しいからね。それで僕らのことは、一目でわかった?」
「勿論!錦絵でも拝見しましたよ。兄上に田舎で写真を見せてもらったときから、ぼくはずっと奏さんに会いたかったんです。」
写真と言われて、思わず苦笑してしまう。
奏が英吉利で撮った写真を、留学生たちが皆欲しがっていつしか複製の複製まで出回っていた。
渡されたパイルで、頭をふきながら、最新式の放熱パネルの前で暖を取る彼の名は、湖上征四郎。
湖上颯の年の離れた弟だった。
如月奏が理事を務める、華桜陰高校の一年生だった。
難関を突破して、入学したんだと湖上颯が自慢する弟は、国立よりも自由な校風の華桜陰高校が良いといったらしい。
実際は、何度も話に出てくる兄の友人の如月奏に興味があったらしいが、そんなことはおくびにも出さない利口な子だった。
「迷惑かけて、ごめんなさ・・・くしゅっ・・っ。」
「良いから、飲んで。白雪の淹れた茶は、風邪薬よりも効くから。」
征四郎は素直に礼を言って、ティーカップを持ってソファに浅く座った。
「湖上は、ここに来ると言ったの?」
「え・・・?上野で待ち合わせしたから、きっとその後ここに来るつもりだと、思ってたんですけど。」
見れば見るほど、本当によく似ていると思った。
「この建物は、兄上が設計したんですよね?」
「ああ、そうだよ。・・・どうやら颯は、僕らを君に会わせるつもりだったらしいね。」
窓際に居た奏は、階下に友人の姿を認め、思わずくすりと笑った。
「血相変えて、もう上がって来ますよ・・・ほら。」
「征四郎っ!」
ノックもなく、いきなり扉が開け放たれた。
このお話は、先ごろ連載が終わりました「続はつこい<如月奏の憂鬱>」の登場人物が出てきます。
夢の中じゃなくて、ちゃんと幸せになって欲しかったとおっしゃっていただいて、自分の作品の二次作品になります。配役はほとんど一緒ですが、奏が健康な設定です。(*⌒∇⌒*)♪違うお話と思ってお読み頂ければ嬉しいです。
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