夢の欠片(かけら)・11最終話【R-18】
わずかな衣擦れの音だけが、広い室内に響き、時折こぼれる奏の吐息が媚薬となる。
征四郎は、鼻腔に拡がる芳香に惑溺した。
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傷痕にひとつずつ唇を落としながら、長椅子に横たわる奏の全身を確かめるようにしていた征四郎が、一瞬息を詰めた。
奏の腰には、痛ましい深くえぐられたような傷がある。
精神を破綻した、実の祖父に刻まれたものだ。
数年たっても、色を変えたまま傷は引きつり、奏の肌には似合いの装飾とは言えなかった。
一瞬の逡巡(ためらい)のあと、征四郎は口を付けた。
皮膚の薄くなったそこは敏感で、舌先で触れると奏の肌が泡立った。
「あっ・・・ぁ・・・」
「奏さん・・・ここ、感じるの?」
すぐそばに、先端に露を戴きふるりと頭をもたげかけた揺れる肉芯がある。
手を伸ばし、征四郎は緩く上下に擦ってやった。
年上の人の持ち物を・・・どこか幼さの残る陰茎も双球も、どこもかも愛おしいと思った。
これ程、身を献じて誰かを愛せるとは、これまで生きてきて征四郎自身思ったことはない。
それは奏も同じ思いだった。
誰かと肌を合わせて情を交わし、互いを感じたいなどとは、思ったこともなかった。
奏のこれまでの記憶を辿れば、セクスは健常な精神と身体をすり減らすだけの辛い行為でしかなかった。
腰に顔を埋め舌先で傷をなぞり、わずかにためらったのち、征四郎は手のひらの中で形を変えてゆく奏の持ち物にそっと舌先で触れた。
奏の腹が蛇腹のように慄いた。
「だ、駄目です、征四郎くん・・・」
「僕には、やめては駄目ですと言っているように聞こえる。」
一気に主導権を握った征四郎は、足の間から上気した顔の奏に向かって、どこか嬉しげに意地悪く告げる。
常に張りつめた自尊心の鎧に覆われた奏の、恥らう姿を見たのは初めてだった。
「奏さんのこれ、可愛い・・・」
「もうっ・・・。年下のくせに、失礼です。」
ほんの少し喘いだ奏の持ち物は、歪んだ愛情を受け続けたせいだろうか、おそらく年相応には成長していなかった。
征四郎の言う「可愛い」という形容は確かに的を得ていたかもしれない。
信頼すべき肉親に病的に執着され続ける自分を蔑み、同じ血が流れるのを憎む気持ちが誰よりも強かった。
容姿を周囲に賛美される度、悪魔の持つ山羊の角と蹄が透けて見えているような気がしていた。
奏のあまりに潔癖すぎる精神に、与えられた運命は常軌を逸するほど過酷だった。
奏の容姿は誰の目にも止まり、時として狙われ、孤高に生きたいという願いを打ち碎いた。
湖上颯に出会ってから運命が変わるまで、誰かが自分に触れようとするだけで、奏は相手を軽蔑し容赦なく憎悪し排斥した。
若いころからいつか自分を抹殺するつもりで生きてきた奏は、成人してからは如月家を一代限りで終わらせて、潔く血脈を断つ決心をしていた。
それは、こうして征四郎と肌を合わせていても、揺るが無いはずだった。
だが今は、落馬したと聞いて心臓が凍るほどの衝撃を受け、行方が知れないと聞いたとき、自分だけはこの青年の行方に心当たりがあった。
厩舎で丸くなって眠る征四郎を見つけたとき、奏は素直に愛おしいと思った。
何物にも代えがたいと思うほどに・・・
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身内に恵まれていないという話は、何かの時に叔父の清輝と兄が話をしていたように思う。
形を変えつつある奏の肉芯に征四郎は手を触れ、躊躇なく口腔に深く呑みこむようにした。
切っ先がのど奥に届くと、生理的に吐き気を感じる。
征四郎は嫌悪感の無いのに密かに驚いてはいたが、自分が行っている行為に恥じることはなかった。
好きな相手でなければ、この奉仕ほど屈辱的なことはないと思う。
均整のとれた締まった背を晒し、本来なら熱い潤みの中に納めるべきものを、懸命に追い詰めることに集中した。
「んっ・・・う・・・征四郎く、んっ・・・」
こぼれる奏の声に追い詰められた甘いものが混じり、せつなげに潤む瞳が止めてくれと告げる。
筆下ろし位済ませて置けと、豪胆な叔父が見合せた新橋の芸者にしてもらった行為を今は自分がしている。
初めて色町で童貞を捨てたとき、羽二重に転がった征四郎は、まるで支配者になったような気がした。
何も知らない子供じゃなくて良かったと、征四郎は心の内で叔父に感謝した。
ふいに、力なく腕を捕まれた。
「せ、征四郎くん、もう・・・」
その声を聞いて、奉仕する口の中のものをきゅと吸い上げた。
くっと奏が息を詰め髪を捕まれたと同時に、口の中で鞘が弾け青臭い匂いが広がった。
「う・・・」
「吐いて!征四郎くん。」
上体を起こしかけた思い人に顔を向けたら、思わぬ吐精に奏が狼狽していた。
征四郎の知らない、恥じらうような赤く染まった目許を向けた。
「ごめん・・・、吐いて、早く。」
目の前で征四郎はわざとごくと喉を鳴らし、食道に絡みつく粘り気のある液体を強引に嚥下した。
「そんな・・・そんなことしないで・・・」
親しい者以外に、奏が表情を崩すことは滅多にない。
征四郎が知る奏も、兄と居る時以外は大抵は能面のようで、こんな顔を見たのは初めてだった。
味わった苦味よりも、うろたえる奏を愛おしく思いそっと抱きしめる。
取り澄ました美しい人の、脆く透明な内面を初めて見たような気がした。
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涙ぐんでしまった奏に、征四郎は精いっぱいの甘い笑顔を向けた。
傍に有った水差しの水で口を漱ぎ懐紙で口を拭うと、細心の繊細さで奏を横たえた。
奏は、征四郎にされるままに固く目を閉じていた。
「そうしていると、西洋の絵本のお姫さまみたいだ、奏さん。」
「・・・そんな軽口は嫌いです。」
ふいと横を向いて、拗ねてしまった思い人に覆いかぶさって、もどかしく膝を割った。
真白い双丘の最奥に、薄く色づいた小さな入り口が呼吸をするように開き、征四郎を誘うようにうごめいたのが分かる。
征四郎が息を詰めた気配に、奏は慌てた。
「待って、征四郎くん、向きを変えるから。きっと、君にも負担が・・・」
征四郎は奏の逃げようとする腰を掴むと、自分の体の下に引き込んだ。
「顔が見たいです。顔を見せて・・・僕も、愛する人に僕を見ていてほしい。全部を知って欲しいです・・・奏さん。」
あぁ・・・と、目尻から思いがけず零れ落ちた涙に、征四郎の鼓動が跳ねたが、奏がきつく背中に回した手に、悲しみの涙ではなく充足の表れなのだと知り安堵した。
合わせた胸から、互いの秘めた想いが溢れる気がしていた。
深い傷に息を吹きかけたら、少し前に弾けたばかりの肉芯が、そろりと揺れる。
「ぼくは、この傷を埋める欠片(かけら)になりたい。」
腰の傷と奏のささやかな高まりを交互にあやしながら、年下の思い人が真剣に告げた。
「奏さんの全てを知る、この傷の一部になって一緒に生きてゆきたい。」
「・・ううっ・・・うっ・・・」
奏は、征四郎の言葉を聞き、とうとう両手で顔を覆って声を上げて泣いた。
噛みしめてもこらえきれずに声が洩れる。
どれだけ求めても、決して今世では奏に与えられない半身だと思っていた。
思えばこの胸の痛くなるような思慕に、覚えがあった。
「今はまだ、何もできない若造だけど、いつかぼくを手放したくないと思ってもらえるように頑張るから。」
息が詰まるような烈しい感情を、征四郎は黙って丸ごとそっと抱え込み、むせかえる様に嗚咽する奏の背を撫でた。
そっと手を外しても滂沱の涙は止まらず、征四郎は年上の兄のように恋人を抱いた。
今はもう十分にたかまっていて直ぐにも放出したかったが、愛おしい人の涙には勝てなかった。
二人が愛のあるセクスに震え、一つになったのはその夜遅くのことだった。
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しばらくして征四郎は知った。
奏が泣いて小さく呼んだのは、幼いころに労咳で亡くなったという父親だった。
征四郎のかけた言葉に、ただ一つの愛された記憶を思い出し涙が止まらなくなったらしい。
意地っ張りでかたくなな奏の心の枷がはずれ、若い栗毛の駒のような征四郎と居る時、奏はまるで初恋を知ったばかりのような華やいだ顔を向けた。
誰もが夢中になる美貌の青年は、今や内側からも輝き、かつての青白い冴えた月の儚さではなく自分で輝くことを知っている。
「奏さん!」
毎朝、奏が本社ビルに着くと、征四郎が嬉し気に顔を出す。
日課になっていた。
手綱の先には、名を継いだ流星号が鼻を鳴らしていた。
軍馬の調教に出したとき、活きの良い若駒は軍隊の牝馬に種付けを求められると聞き、奏は手を尽くして流星号の子供を探した。
軍部に顔の利く知り合いにみ、譲渡してくれるよう話を付けた。
一目でわかる流星号と同じ白い菱が、胸元にある馬を見つけたとき牧場で奏と白雪は同時に「流星号!」と叫んだ。
征四郎がどれだけ嬉しそうな顔をしたか、馬の首にかきつき泣いたり笑ったりうれしそうだったか、奏はよく話をした。
征四郎が奏と同じ道をたどり、官費留学生として英国へ旅立つ日も近い。
幸せの欠片を手に入れた年の離れた恋人どうし、隙間を埋め合うように抱擁を交わした。
完
とうとう最終話を迎えました。
最後まで引っ張った割に、
(`・ω・´)征四郎:「奏さん。「愛のあるセクスに震え、一つになったのはその夜遅くのことだった。」で終わらせるなんてどう思います?」
(´・ω・`)奏:「うん。でも此花、精一杯みたいだったみたいだよ。」
(´;ω;`) 征四郎:「もっと、愛し合いたかった・・・」
( T_T)\(^-^ ) 奏:「よしよし、これから毎日一緒にいようね。」
あとがきは、別記事であげます。
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