金銀童話・王の金糸雀(二部) 2
いつか大聖堂や、劇場で歌う自分達の姿を夢に見て、小さな歌う小鳥達は6年から10年も学院で暮らしたのだった。
ただ、ミケーレは大人になると姿が変わると思っていたようだったが、実際にはそれほど変化はなかった。
確かに身長だけはずいぶん伸びたが、優しげな風情は変わらず、何よりも印象的な菫(すみれ)色の輝きは一度会ったら忘れられないほどの、深い愁いを秘めていた。
変わったところと言えば、子供の頃真っ直ぐだった銀糸のような髪の毛が、腰の長さまでくると毛先に優雅な大きなウェーブを持ったくらいだった。
すみれ色の大きな瞳は初めて学院に来た頃と同じ色を湛え、鏡の前の花冠の似合う可愛らしい天使の容姿は、手術の事を思い出させて、ミケーレを少し悲しくさせる。
美しい容姿にふさわしい天使や、女性の役を演じるミケーレの姿に、歌劇場主はまだ学生のミケーレが卒業した後、専属になってくれるようにたくさんの贈り物を届け必死で勧誘した。
発声の訓練のせいで、胸は胸郭が広くやや鳩胸のようになり突き出していましたが、全体に細い肢体はしなやかで、薄いヴェール越しに歌うソプラノは誰もがミケーレのものとすぐ分かった。
王さまの忠実な司令官の行った手術は、ミケーレの子供の頃の澄み切った高音を、そのまま完璧に残してくれたのだった。
王立の大聖堂でも何度も名指しで呼ばれましたが、ミケーレはできるだけ外には出かけないようにしていた。
自分がここにいると知ったら、きっとお后さまは半狂乱になるだろう。
王さまは、処刑の前日逃亡した卑怯な自分をご覧になったら、悲しいお顔をなさるだろう。
そして思いがけず自分を逃亡させてくれた、王さまの忠実な司令官にもおそらく厳しい咎が及ぶだろう。
父王の犯した罪を思うとき、どんなに恋しくても会ってはならないのだと、何度も誓うしかなかった。
ミケーレは学院を卒業したら、どこか違う国に行こうと心に決めていた。
フランスやスペイン、どこでもいいからできるだけ遠くへ。
幸い、卒業を控えた天才カストラート・ミケーレの噂を聞いた各国の歌劇場から、いくつも契約の申し込みが届き、歌で食べることは出来そうだった。
懸命な勉強の成果で、難しい技法もこなせるようになり、ミケーレは全てと決別して一人だけで歌手として生きてゆけるはずだった。
それなのに・・・緑の森の国境近くの貴族の葬儀に呼ばれたことが、再び運命の糸車をからりと回してしまったのだった。
ある日、友人のトニオがミケーレの部屋を訪ねた。
その顔には、涙の跡が残っている。
「お願いがあるんだ・・・ミケーレ。」
いつになく沈んだ面持ちに驚き、届けられた贈り物の片付けをしていたミケーレは立ち上がった。
「トニオ・・・。どうしたの?」
傍らの寝台に掛けるよう促すと、トニオは顔を覆って泣き始めた。
「田舎から手紙が来たんだ。・・・ほんの少ししかない父さんの畑が、人手に渡りそうなんだ。」
学生でありながら、カストラートには劇場で歌った場合、出演料などが雇い主から入ることになっている。
大抵は学院のお金になるのだが、そうと知らない身内が無心してくるのも、珍しいことではなかった。
日々の暮らしに追われる貧しいトニオの親も、いくばくかのお金を送ってくれるようにと、言ってよこしたのだ。
トニオはその場で、涙にくれた。
「トニオ。お願いだから、そんなに泣かないで。」
「ねぇ。ぼくに、できることはある?ぼくに出来ることがあるのなら、言って。君の為なら、なんだってしてあげたいと思うよ。」
顔を上げたトニオの頬はすっかり濡れてしまって、ミケーレは思わず目尻の涙を吸ってやったのだ。
ただ一人の友人は、優しいミケーレに縋って泣いていた。
「そうだ、トニオ。いいことを思いついたよ。ぼくのお金は手元にはないけど、市長の奥様に頂いた真珠のピンがあるから、売る?」
トニオは頭を振った。
「それは、駄目だよ、ミケーレ。今度、劇場に呼ばれたときに君が身につけていないと、市長の奥様がどんなにがっかりするか・・・」
「みんな、君に身につけてほしくて贈るんだよ。君のことが大好きだから。」
「君の少年アキレウスは、本当の少女のように可憐で綺麗だもの。」
ミケーレはふっと、ため息を吐いた。
学院の支給されるもので、日々の暮らしに困るようなことはなかったが、お金の管理は当然、学院側が全て行っていた。
ミケーレや、トニオ、生徒達に自由になるものは殆どなかったのだ。
トニオの為に、何ができるだろう。
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ただ、ミケーレは大人になると姿が変わると思っていたようだったが、実際にはそれほど変化はなかった。
確かに身長だけはずいぶん伸びたが、優しげな風情は変わらず、何よりも印象的な菫(すみれ)色の輝きは一度会ったら忘れられないほどの、深い愁いを秘めていた。
変わったところと言えば、子供の頃真っ直ぐだった銀糸のような髪の毛が、腰の長さまでくると毛先に優雅な大きなウェーブを持ったくらいだった。
すみれ色の大きな瞳は初めて学院に来た頃と同じ色を湛え、鏡の前の花冠の似合う可愛らしい天使の容姿は、手術の事を思い出させて、ミケーレを少し悲しくさせる。
美しい容姿にふさわしい天使や、女性の役を演じるミケーレの姿に、歌劇場主はまだ学生のミケーレが卒業した後、専属になってくれるようにたくさんの贈り物を届け必死で勧誘した。
発声の訓練のせいで、胸は胸郭が広くやや鳩胸のようになり突き出していましたが、全体に細い肢体はしなやかで、薄いヴェール越しに歌うソプラノは誰もがミケーレのものとすぐ分かった。
王さまの忠実な司令官の行った手術は、ミケーレの子供の頃の澄み切った高音を、そのまま完璧に残してくれたのだった。
王立の大聖堂でも何度も名指しで呼ばれましたが、ミケーレはできるだけ外には出かけないようにしていた。
自分がここにいると知ったら、きっとお后さまは半狂乱になるだろう。
王さまは、処刑の前日逃亡した卑怯な自分をご覧になったら、悲しいお顔をなさるだろう。
そして思いがけず自分を逃亡させてくれた、王さまの忠実な司令官にもおそらく厳しい咎が及ぶだろう。
父王の犯した罪を思うとき、どんなに恋しくても会ってはならないのだと、何度も誓うしかなかった。
ミケーレは学院を卒業したら、どこか違う国に行こうと心に決めていた。
フランスやスペイン、どこでもいいからできるだけ遠くへ。
幸い、卒業を控えた天才カストラート・ミケーレの噂を聞いた各国の歌劇場から、いくつも契約の申し込みが届き、歌で食べることは出来そうだった。
懸命な勉強の成果で、難しい技法もこなせるようになり、ミケーレは全てと決別して一人だけで歌手として生きてゆけるはずだった。
それなのに・・・緑の森の国境近くの貴族の葬儀に呼ばれたことが、再び運命の糸車をからりと回してしまったのだった。
ある日、友人のトニオがミケーレの部屋を訪ねた。
その顔には、涙の跡が残っている。
「お願いがあるんだ・・・ミケーレ。」
いつになく沈んだ面持ちに驚き、届けられた贈り物の片付けをしていたミケーレは立ち上がった。
「トニオ・・・。どうしたの?」
傍らの寝台に掛けるよう促すと、トニオは顔を覆って泣き始めた。
「田舎から手紙が来たんだ。・・・ほんの少ししかない父さんの畑が、人手に渡りそうなんだ。」
学生でありながら、カストラートには劇場で歌った場合、出演料などが雇い主から入ることになっている。
大抵は学院のお金になるのだが、そうと知らない身内が無心してくるのも、珍しいことではなかった。
日々の暮らしに追われる貧しいトニオの親も、いくばくかのお金を送ってくれるようにと、言ってよこしたのだ。
トニオはその場で、涙にくれた。
「トニオ。お願いだから、そんなに泣かないで。」
「ねぇ。ぼくに、できることはある?ぼくに出来ることがあるのなら、言って。君の為なら、なんだってしてあげたいと思うよ。」
顔を上げたトニオの頬はすっかり濡れてしまって、ミケーレは思わず目尻の涙を吸ってやったのだ。
ただ一人の友人は、優しいミケーレに縋って泣いていた。
「そうだ、トニオ。いいことを思いついたよ。ぼくのお金は手元にはないけど、市長の奥様に頂いた真珠のピンがあるから、売る?」
トニオは頭を振った。
「それは、駄目だよ、ミケーレ。今度、劇場に呼ばれたときに君が身につけていないと、市長の奥様がどんなにがっかりするか・・・」
「みんな、君に身につけてほしくて贈るんだよ。君のことが大好きだから。」
「君の少年アキレウスは、本当の少女のように可憐で綺麗だもの。」
ミケーレはふっと、ため息を吐いた。
学院の支給されるもので、日々の暮らしに困るようなことはなかったが、お金の管理は当然、学院側が全て行っていた。
ミケーレや、トニオ、生徒達に自由になるものは殆どなかったのだ。
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