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金銀童話・王の金糸雀(二部) 4 

ミケーレは学院で色々話を見聞きするうち、貧しい家の子ども達が口減らしで、音楽の素養に関係なく、無理やりカストラートにされる事実も知った。
運がよければ、カストラートになれるかもしれないとの理由で、歌の上手な少年たちは場末の不衛生な理髪店で容赦なく手術を強いられたりもしたらしい。

トニオの父親もとても貧しく、石灰で覆われたやせた土地で、狭い畑を耕して大家族で暮らしている。

「ぼくが成功するのを、みんな楽しみに待っているんだ。」

でも、そう語る人のいい友人のトニオも、残念ながら乱暴な手術のせいかどうか、澄んだソプラノを得ることは出来なかった。
高い音が割れるせいで金切り声にしか聞こえないトニオは、いずれ試験の後、カウンター・テノール(男性アルト)かもう少し低いテノールに転向させられるはずだった。

試験の日、雌鳥の引きつるような高音に、教師は眉をひそめ、君はソプラノには向かないねと冷ややかに告げたのだった。
一握りの主役をはれるカストラートの枠に入れず、才能の乏しいものは楽器を覚え楽団の一員になるか、合唱で細々と舞台に立つしかない。

職人として、手仕事を覚えるには遅すぎ、華やかな花形男性歌手を夢見て敗れたものの中には、驚くことに手っ取り早く金を得るため、遠くの王国へ身売り同然で行くものさえあった。
男に生まれながら、男ではない、女性でもない、従順ないきもの。

見目良く優しげな姿の彼らは、異国の退屈な高貴な女性たちの慰み者としては秀逸だった。
どれほど閨房でセクスに励んでも、子種のないカストラートを相手にしていれば、貴婦人たちに子供のできる心配はなく、快楽だけに溺れられたからだ。
古来から、美しい奴隷達はそうされてきたし、歴史の中では男性の去勢は、珍しい事実ではなかった。

数年前にあった本当のことだよ・・・と、寮の年長者達は恵まれた境遇のミケーレを、自室に連れ込み散々に脅した。
特別な待遇は、陰鬱な妬みの対象となり、いわれのない中傷は、ミケーレを苦しめていた。

「こんないい部屋が貰えて、いいよねぇ、君は。」
「その声を必死で守るんだよ。でないとね、君の身に大変なことが起きるんだよ・・・」

カストラートになれなかった者が送られるという、恐ろしい娼窟の噂話を聞いたときには、ミケーレは膝が震えて立っていられなかった。
とても本当だとは思えず、血の気の引いた顔で、「ね、その話は、作り話だよね・・・?」
と、ミケーレは必死に問い直した。
顔色の変わったミケーレを認めると、したり顔で年長者は答えた。

「嘘なものか、カストラートにはそれだけのお金がかかっているしね。そればかりか
遠いスルタンの後宮には多くの宦官がいて、天使のなりそこないが届けられるのを、手ぐすね引いて待っているんだ。」

ミケーレはかたかたと震えていた。
天使のなりそこないと言うのは、不幸にして手術が上手く行かなかった者達のことだ。
二つの子種の内、一つしか摘出できなかったものや、希に生まれつき三つめの種を持っていて成長の過程で陰嚢に降りてきた者、彼等にはどれだけ望んでも神はソプラノを与えなかった。

一度与えられて喜びの絶頂にいたものが、一夜にして風邪の熱などで失うこともあり、どれほど繊細な存在か音楽学院の教師たちも知っていた。。
多くのカストラートが生まれてくるその裏では、間引かれるように手術に失敗したり、感染症で死亡する者も多くいた。
現代のように消毒という行為が広まっていれば、手術の成功率は上がったはずだが、彼らの外科手術は余り清潔な場所では行われなかった。

「・・・売られた彼等は、欲求不満の宦官の相手をする。そして、スルタンの寵愛を受けられない多くの女召使達のお相手もするんだ。」
「中には、前のスルタンの未亡人のお相手をしたり、貴族の大広間で見世物のようなセクスをして見せるんだよ。
「妊娠の心配がいらない僕等が、欲求不満の女たちのところへ行けば、どんなことになると思う?」

蒼白のミケーレは、小さく頭を振った。

「そんな話は、嘘だよ。やめてよ。」
「君は朝から晩まで、綺麗な声で歌っているけど・・・そんなところへ行ったら、今度は朝から晩まで、気を失うまでこの細い腰を振らされるのさ。」
「こんな風にね。」

わざと、怖がらせるように年長者は、ミケーレの腰に自分の腰を擦り付けるようにして、意地悪く囁いた。
王子として深窓に育ったミケーレには、初めて聞く話はとても信じられなかった。

「教皇の寵愛を独り占めにしている君だって、その天使の声を失えば、どうなるか分からないってことさ。気を付けた方が良いよ。」
「君の知らない世界には、天使を思うまま汚すことで、喜びを得る悪魔も居るってことだよ。」

思わず耳を覆った両の手を、年長者はこじあけて言葉を続けた。

「喉を掻き切られたりしないように、注意したまえ、美しいミケーレ。」
「誰もが君を手に入れて、思うまま泣かせたいと思うだろうよ。」
「君はセクスの時、どんなふうに啼くのだろうね。」
「・・・い、いやーーーっ!」
「触らないで、あっちに行って。いや・・・ぁ・・・」

思わずその場に泣き伏してしまったミケーレに、年長者達は満足し、これは単なる噂だよ、馬鹿だなと、大きく声を上げて笑ったのだった。
けれどそれは、単なる噂ではなく、当時どこかに送られたきり帰ってこない者は多く居たのは事実だった。

後年、残された文献には「モロッコ」「オスマン・トルコ」と言う地名が確認されている。
鳴けない小鳥の行く末は、おそらく過酷なものだったに違いない。
何も知らないミケーレは、学院で見えなくなった彼等は、違う人生を送るために国許に帰ったのだと、ずっと思いこんでいたのだった。






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4 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメントさま


おお~、なるほど言葉でいじめて泣かせちゃうのを、言葉攻めというのですね。
___φ(。_。*)メモメモ・・・勉強になるな~

葬儀に参列して歌を歌います。
よせばいいのに…ね~←書いといて。

コメントありがとうございました。うれしかったです~(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/01 (Fri) 16:50 | REPLY |   

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2011/04/01 (Fri) 09:41 | REPLY |   

此花咲耶  

けいったんさま

> チョー痛い手術をしても 全ての人が、カストラートには なれないんですねー。
> しかも 末路は 悲惨なんだぁー。(_ _。)・・・シュン

成功者の中には、指導者になるものもいます。
一生分の面倒を見てもらえるだけの、お金を出して囲ってくれる王侯貴族もいました。
可哀想なのは、中途半端な手術によって、すべてが台無しになってしまう人たちです。どうやら、いけないうわさは史実にもあるみたいです。
華やかなカストラートの世界には、目映い光が当たるほどは暗い影ができています。
>
> ミケーレは 選ばれし 一握りの人...
> トニオが 縋る気持ちも 分かる!分かるけど、良くない事が 待ってるんでしょ?
>
ね~、貧乏って辛いよね、トニオ。
悪気はなさそうなので許してあげてください。

> あぁ~ミケーレは どうなっちゃうんだろう。
> 「此花さま、これ以上の苛めっ子には なっては いけません!母は、そんな子に 育てた覚えはないよ!」...と、言ってみても ダメ?
> (´・ε・`)ムゥー...byebye☆

けいったん様が、此花のままんに・・・(*/∇\*) ♪きゃあ~
銀色の髪、菫色の瞳・・・いじめたいぞ。

コメントありがとうございました。うれしかったです(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/01 (Fri) 01:08 | REPLY |   

けいったん  

NoTitle

チョー痛い手術をしても 全ての人が、カストラートには なれないんですねー。
しかも 末路は 悲惨なんだぁー。(_ _。)・・・シュン

ミケーレは 選ばれし 一握りの人...
トニオが 縋る気持ちも 分かる!分かるけど、良くない事が 待ってるんでしょ?

あぁ~ミケーレは どうなっちゃうんだろう。
「此花さま、これ以上の苛めっ子には なっては いけません!母は、そんな子に 育てた覚えはないよ!」...と、言ってみても ダメ?
(´・ε・`)ムゥー...byebye☆

2011/03/31 (Thu) 23:07 | REPLY |   

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